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自然公園と森林の境目に伸びる住宅街を、アクセルは慣れたように駆け抜ける。そこへ、クランチが彼に流し目を向けた。
『救われるってぇのはつまり、俺の皮も剥ぐってことか』
クランチは、アクセルが口にした“お前も黙って救われろ”という言葉が、妙に引っ掛かっていた。
「俺は多分、そんな人間じゃねぇ」
アクセルはそれを、辛うじて読める手帳の文字から察していた。ステファンが目指すべき処を変える――それが、自分が今こうして生きている理由であり、己を保つ手段であるならば、森を荒らす強欲な人間では、きっとない。
『おい。今夜はまだ、アレ食ってねぇぞ』
クランチは前に向き直ると、口の寂しさを訴えた。
「やたら甘い匂いがすっから、そこにあるかも」
アクセルは言いながら、クランチを追い越していく。
『この忘却野郎! 俺が食うそれは、コオロギみてぇに素朴なもんだ! ベタっこいもんは寄こすな!』
相変わらずのクランチを、アクセルは軽く笑い飛ばす。その時、近くの音に耳が反応した。お互いは、引っ込むように茂みに隠れた。
2人組が歩道を通り過ぎていく。穏やかな光景は、いつか、夜道を恐れられていた時期があった事など、まるで嘘の様だった。
世間を騒がせていた猟師の襲撃事件は、すっかり起こらなくなっている。全てのキッカケは、アクセルが失踪した日にあった。
当時の速報こそ、大きな反響を呼んだ。傍観者による録画が広まり、アクセルの豹変や残された発言が、半歩ずつでも周囲に変化を起こしていた。その証拠に、チャリティーコンサートは鳴り止む事なく続いている。
とはいえ、主犯者が捕まっていない今でも、警察は警戒を呼びかけている。狩猟の規制が更に厳重になると、生物の未来に纏わる議論もまた、増え始めた。猟をルートとしたビジネスが今後、どの様に在るべきなのか。生きるために必要な収入源を変える決断をする事もまた困難で、スタイルを一変させるのに時間がかかっている。
故に、友人の失踪や、共に関わるステファンを想ってのライブ活動には、野次が飛ぶ事もあった。
アクセルは、通り過ぎる2人が小さくなっていくと、茂みからそっと立ち上がる。楽し気に話す彼等が見えなくなるまで、じっと眺めた。
人が手を取り合い、笑い合う姿に惹かれるかのように、視界が色を取り戻していく。誰かのそんな光景を見かける度に、胸が震え、棘で突かれている様だった。人間であると言い聞かせてはいても、その通行人と自分を比較した時、そうではない様に感じてしまう。
胸の痛みが熱に変わると、眼振が再び、銀の瞳を呼び寄せた。この湧き出る気持ちが何と呼ぶものなのかは、手帳のどこにも書いていなかった。
『ステファンは、ああなるのか』
ふと問いかけるクランチに、アクセルはそっと背を向けると、呼吸を意識しながら歩いた。
「そう望み始めてる……きっとな……」
ステファンの傍にいるようになってから今日までの間、世間の変化の臭いをずっと確かめてきた。だが、それと同時に、彼自身の行動も変わった。
アクセルは、遠くのメロディに耳を澄ませながら、先を進む。慎重に歩幅を刻みながら、追い越していくクランチを眺めた。
その背中から、ある夜を思い出した。クランチに問いかけたことがあり、その返答が、誰もいない隣にじりじりと視線を向けてくる。
コヨーテ達が――ステファンが、近くにいない。その意識が濃くなるにつれ、肌寒いものを感じるようになった。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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