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メンバーの意志は、そのまま大画面を通じ、街にも広く流れた。2人の失踪事件を思い出させようと、道行く人を振り向かせていく。
誰の視線も届かない、夜に溶け込んだビルの屋上。立ち並ぶそこを、2つの銀の光が、どこか遠い先まで導かれるように跳び移った。
アクセルは走り続けた。音が、耳の奥をこれでもかと刺激してくる。呼吸の乱れではないもっと別の刺激が、鼓動を加速させている。それが何によるものなのか、確かめたかった。
知らない曲に混ざり込む、“アックス”という音に引っ張られる様だった。画面の6人に、吹きつける風に潜む仄かな甘い香りに、誘われている気がしてしまうのは、何故なのだろう――
彼等を知っているのだろうか――そう思うほどに、足が自ずと動いていく。コンクリートの縁を蹴り、向かいの螺旋階段の柵を掴むと、たった数歩で天辺に登り詰め、再び助走をつけた。隣の屋上まで10メートル。その間隔を、容易く飛び越えていく。銀の瞳は、ライブ会場を見たさに、強い光を放っていた。
ずっと、自分が人間であるという事を意識してきた。体内を巡る歪な何かに操られるまいと、抗ってきた。聞こえてくる音や、鼻を擽る独特の香りが、もっと何かに気づかせてくれるかもしれない。そう信じられる理由は、ずっと前の自分が書き残した、膨大な数の命令にあった。
“人もまた、膨大な自然の一部だろう。被毛に身を包む存在にも、気が昂るキッカケが様々あり、意思がある。欲を満たすために選択をし、時に身を削り、命を落としかねない事と知りながらも、実行をする。命を繋ぐために命を喰らい、明日を生きる。蔓草や樹木も同じ様に、ただ自然のままに生きていく。シルバーコヨーテもまた、被害者だ。見えないがために知り得なかった呪いに、クランチもまた、弄ばれているんじゃないか。だからアクセル、お前が、俺が薬になって救え”
最後のページを埋める文章も、所々が滲んでいた。そこに辛うじて付着した匂いは、獣の臭いで占めたこの身体に紛れている。アクセルと呼ばれる自分を、誰かがずっと呼び続けている。その誰かは、手帳に記されている数々の名前の存在なのか。近付いてみれば、きっと分かるのではないかと思った。
チャリティーライブの音と、そこからの強い香りを頼りに、風を切っていく。草木や排気、飲食物の匂いの合間を縫って際立つのが、レイラという香りであるならば、この眼で見てみたかった。
後に続くクランチと共に、宙に銀の筋を描いていく。そして漸く、街の路面に着地すると、住宅や自然公園が広がる道を疾走した。
力強い向かい風が雲を拭った時、狩猟の月が、麓を流れる2つの閃光を蔑んだ。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月27日完結
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