18
ステファンは血相を変え、アクセルの肩を喰らい、弾き返すと、立ち並ぶ特殊部隊に迫る。
アクセルは、遠ざかる彼に顔を上げた。歪みをみせる灰色の視界には、発砲を促す激しい指令と、殺意の臭いが渦巻いている。放たれた弾は、細い煙が揺れる様に、緩やかに2人に近づいてくる。
弾速に沿い、互いに身を屈めた時、横並びに直線を描きながら迫る鉛が、みるみる通過していった。そこへ、アクセルの耳が、ある遠吠えに反応した。
『おいアックス。てめぇが死んで、一体ぇどいつが褒美をくれる』
パトカーのボディに3つの穴が撃ち込まれた途端――アクセルは、ステファンを腰から引き寄せると、頬と腹に拳を負わせた。獣の悲鳴を上げて崩れ落ちる彼の肩を掴むと、銀の靄が瞬く間に舞い込み、一帯に幕を広げた。
“奔れ”
遠くの山奥に潜むコヨーテ達の声が、耳の奥で鳴り響く。そこに紛れて聞こえてくる、周囲からの鋭い声。
アクセルは、身体の芯から震えた。向けられる多くの殺意を、直ちに遠ざけたくなった。足は自ずと、穴や茂みといった、隠れ場所を求めるように立ち上がる。と、ステファンがアクセルの肩を掴み、そのまま、彼を導くように駆けた。
アクセルは、彼の力に、別の強い何かを感じた。それも束の間――背後の激動に、銀の瞳が吸い寄せられる。凄まじい速さで、街を、人を、家族を、友人を――記憶を蹴っていた。
騒ぎが、一瞬にして小さくなる。背後を覆う銀の靄は、2人の行方を眩ませ、人との距離を大きく開き、隔たりを生んだ。だが、その遥か向こうから聞こえてくる、心を震わせてくる複数の叫び声だけは、体内にこだまし続けた。
自然公園を駆け抜ける姿など、誰の目にも止まりはしない。銀の瞬きと共に、2人は風を切り続ける。その時、アクセルは、口に入った何かが汗ではないと気づくと、足が僅かに落ちた。茂みを跳び越え、森林の奥に入り切ったところで、止まってしまう。
それを見たステファンもまた、振り返った。そこに、3頭のコヨーテ達が合流する。アクセルは、まだ走らねばならないと分かっていながらも、手足の震えに邪魔され、身体が竦んでしまう。
『戻りゃあ、おじゃんだぜ、坊主。好きにすりゃあいいが、あれは置いてけ』
クランチの面白がる声を掻き切る様に、ステファンは、幹を激しく引っ掻いた。焦燥混じりに刻まれたそこから、樹液が流れ落ちる。彼は、当てもなく怒りの吠え声を放つと、先に進みはじめた。
アクセルは、服から仄かに香るものに、首を傾げる。森で得られるものではないと分かると、全身を叩き、出所を探った。軽やかに立つ甘い香りは、空気に溶け込む様に薄れてしまう。
それをじっと感じていると、ここへ来るまでに聞きつけた叫び声を思い出した。
“アックス”――そう何度も放たれていたが、後ろを振り返っても、どこからのものか分からなかった。
身体は、何かに引き寄せられるように止まっている。気がかりであっても、今は先へ行かねばならず、無理にでも足を前に動かした。すると、何かがポケットから落ちた。
転がった黒い塊からもまた、同じ甘い匂いが立ち込めた。鼻に心地よさを覚え、導かれるようにそれを拾うと、隅々までじっと眺める。そして、表に彫られた文字に眼を細めると、中を開いてみた。大量に連なる文章に、眼光が強まっていく。光に浮かび上がる内容を見れば見るほど、鼓動は高鳴った。
「“俺は……人間、だ……”」
静かに読み上げた途端、いつも感じる熱いものとは違う、心地よい温かさを感じた。耳の奥に残る名前は自分のことであり、先程の叫び声がそれを象っていたのか――と、アクセルはまた、森林の外を振り返る。
遠くからのサイレンの音に、眼が尖る。風に乗って漂い始めた、再びの殺意。それが鼻を突いた瞬間、アクセルは、コヨーテ達と共に深い森の奥へ急いだ。
「……何か置いてきたかも。クランチ、後でついて来い」
フードの下で声を潜ませた時、クランチは鼻で笑い、胴震いに被毛の光を散らせた。
『興味ねぇ。とっととコーンフレークよこせ』
彼等は、誰の声も、臭いも寄せつけない、遠い闇に姿を消した――
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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