16
アクセルはルーフに手をつき、身体を預けたまま警官を睨む。銀の瞳に、撮れ高を求める傍観者がチラついた。その動きは、のろまな幽霊が這う様だった。
どこからともなく、警官の小声のやり取りが聞こえてくる。誰が自分を眠らせ、確保するつもりでいるのか。声の出所に、じっと視線を流した。
害獣用に使用される麻酔銃の構えを見た時、胸の奥から更に熱が吹き出した。鋭い感情が歯を鳴らし、
唸り声が漏れる。悔いと怒りが己を掻き消そうとしてくるのが、まだ意識できた。呑まれては終わりだと、ルーフの手を拳に変え、鼻に集中する。
焦りと涙にまみれながら、それでも自分を呼び覚まそうとしてくる芳香を、ひっきりなしに求めた。変わり果てた眼で、彼女を見たくない。変わり果てた姿の自分は、もう、意の向くままに愛す訳にはいかない。
積もる辛苦を、激しい息に変えた。徐々に距離を詰めてくる警官に、低く身構える。銃弾の臭いが、余計に怒りを掻き立ててくる。
別の何かを振り向かせる――それができるかもしれない自分を、撃ち消させるわけにはいかないと、アクセルは、威嚇を放って見せつけた。
周囲の戸惑いに、警官の怯みがその顔に滲んだ。
「落ち着け……助けてやる……」
警官は、緊張を隠し切れない声をかけた後、銃を仕舞うと、両手を空けて見せる。
だがアクセルは、背後に回る別のグループの動きや、麻酔銃の構える位置が上がる音を聞きつけると、空笑いが漏れた。もう時間が残されていないと悟ると、獣の息を荒げるまま周囲を見回し、切り出す。
「撮るなら、しっかり押さえろ……いいか、これは人力で起きてるんじゃない……ステファンも被害者だ……俺よりも遥かに侵され、歪なもんに弄ばれてる……」
騒ぎの波が高くなる中、警官は目を細めた。
「……君達の異変は認める。だが、そのままではこちらも出難い。冷静になれ」
その時、背後で微かな警棒の音を聞きつけると、アクセルは、振り向きざまに警官を威嚇した。だが、それと入れ替わる様に、説得していた警官がアクセルに飛び掛かると、彼をパトカーに押さえつけた。そこに数人の警官が群がると、手錠が光り、鎮静剤を持った者も駆けつける。
この激動の中、しかし、メンバー達は違った。変わり果てても事態を訴え続ける友人を見つめ、その想いを汲み、抑制してくる警官の腕越しに、彼を呼び続けた。
押し寄せる圧力に、アクセルは息が詰まっていく。空いた左手首に、冷たいものを感じた途端――感情が爆ぜた。嘗て無い喉の振動に、異様さを覚えながらも、それは長く、高く上がった。悲鳴混じりの遠吠えは、遥か遠くまで波紋を広げた。
大気を震わせるそれは、じきに、この場にはなかった疾走音を招くと、1つの影を呼び寄せた。
警官の壁が、瞬く間に破られていく。散り散りになる悲鳴の中を、細い銀の閃光が奔り抜けた時――地を砕かんばかりの低い吠え声を上げた彼は、アクセルに重なる最後の警官を引き剥がした。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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