13
♪Never Let This Go / ONE OK ROCK
Free and Wild! / COYOTE Ver.
スタッフが配置につくと、ステージの4人にサインを出した。
会話の灯がふと消え、観客席を向いたメンバーに明暗が刻まれた時、しんと、空気が落ちる。声も視線もいらない。3人はただ、ジェイソンに背中を任せた。
これまで、多くの切り出しをジェイソンに預けてきた。なのにまだ、何も返せていない。その上、また甘えることになる。彼への強い信頼と、惹かれるまでの潔さに。
胸の微かな疼きに、アクセルは、影で口角を上げる。音を送れ――その願いは今、シンバルに弾かれる。
「キまる準備はいいか?
俺等のノイズで燃えてけ!
さぁ、てめぇを曝け出せ!
自由に――」
ブルースのシャウトに、3種のサウンドが烈火に変わる。更なる火力を、レイデンとアクセルの声で噴き上げた。
「――ワイルドにいけ!」
メロディの爆風が、室内を瞬く間に満たしていく。人の声だけの緩い空気は、4人が吹かせたガスに変わると、サウンドの剣で、素早く、激情的に切り裂かれた。
「また同じ道で溜め息を吐いてしまった
干からびそうだ
もうご褒美を夢見てる
剣を振り続けて道を拓け
転んだとしても
終点が褒美をくれるさ」
アクセルが切り出すストーリーに、観衆は、事件の勃発を錯覚する。時にサブボーカル2人が合わさり、更なる緊急性を掻き鳴らした。周囲の目は、一斉にステージへと引き寄せられていく。
ドラムの安定したヒットは、真っ直ぐ曲に導くも、その場の空気を大きく突き上げる。会場一帯の鼓動を躍動させ、血までも騒がせようとしていた。
「俺達が手にするのは
熱い幕閉じだ
それは|上手い下手とかじゃない
自分を出し切れたのか?
それが全てだよ
君の夜が 君の金曜日が待ってるんだから
俺達を止めるなんてありえない!――」
寸秒生まれた静寂に、誰もが瞼を失った。
「感じるまま走るのも悪くない
今 俺達のエアーで満たそうぜ!
自分に乾杯して しくじりを忘れよう
狂ってこうぜ!
全部飲み干してリセットし 戦いに勝とう
だって味方がそこにいる
必ずまた戻って来られる」
2度目の声の爆発に、観客が席から跳ね上がり、歓声がブレンドされていく。
暴走するバンドは、珍しく派手な騒音を撒き散らし、この雑な乱れを、敢えて魅せている様だ。だが、一定ラインからはみ出ようものならば、レイデンが、底からフェンスを打ち上げる。どこか幼児に戻るメンバーは、全員を揺さぶり、荒いモザイクを生み出していく。
客が掻き回す腕で、辺りは熱を帯びはじめた。混ざり合う照明の中で、その撹拌に抗おうと、赤と青の光は、時にアクセルの視線を引こうとする。
「また途中で後悔をしてしまった
でも思い出してみろ
な? もうご褒美を夢見てる
誰かを傷つけたかもしれない
誰かを困らせたかもしれない
戦士失格だろう
でも終点はご褒美をくれるさ」
ジェイソンのヒットと共に、アクセルは語りかける。居場所が違えど、同じ様に生きる仲間として。
人もまた動物的に、己や誰かを満たしたがる時がある――気付けば、歌に乗せていた。
「俺達が手にするのは
熱い幕閉じだ
それは|上手い下手とかじゃない
自分を出し切れたのか?
それが全てだよ
君の夜が 君の金曜日が待ってるんだから
俺達を止めるなんてありえない!――」
そしてまた、勢いの線が途絶えた。息が滲む静寂も束の間、ボーカルの点火に、黄色い声が一帯を染め上げた。
レイラは、そんな中で唯一、荒波に耐える岩の様になっていた。先程まで傍にいた彼等が魅せるギャップに、独り、戦慄している。別世界に立っている様に見える彼等だが、誰かを置き去りにしようとする様子は、微塵もなかった。4人で確立する1人が、サウンドの腕を広げ、全てを包み、取り込もうとする。ワードこそ強くとも、そこに、誰かの声を聞こうとする優しさがあった。熱苦しくて引いてしまいそうになっても、根底にある包容力に、心が応えるように沸騰する。
「感じるまま走るのも悪くない
今 俺達のエアーで満たそうぜ!
自分に乾杯して しくじりを忘れよう
狂ってこうぜ!
全部飲み干してリセットし 戦いに勝とう
だって味方がそこにいる
必ずまた戻って来られる」
仕事や学業も、誰かのためになってきた。多過ぎる壁に辟易していても、何かに打ち込む姿は美しい。達成感や実績を上げるためではあるけれど、本当は、その後に待ち構える“好き”を全うするために熟している。それぞれの好みで、せめて今夜は、或いは曲を聴く間だけでも、世界に彩りを加えたかった。
「俺達は知りっこない
明日があるかどうかなんて
放っといてくれよ
ただ 自由に ワイルドにいたいだけなんだ」
アクセルは、手放しかけた剣に呟いた。消えそうになる意識は、ところが、ジェイソンの連打で背中ごと大きく叩き出され、再点火する。
ブルースは、伸びるアクセルの声を掴むと、シャウトで繋いだ。
「俺達を止めるなんてありえない!」
「感じるまま走るのも悪くない
今 俺達のエアーで満たそうぜ!
自分に乾杯して しくじりを忘れよう
狂ってこうぜ!
全部飲み干してリセットし 戦いに勝とう
だって味方がそこにいる
必ずまた戻って来られる」
熱気を歪める歓声は、今や、このサウンドを自分の武器に変えてくれている。この場所に、この時間に、また戻ってこられる――そんな気に、させてくれた。
「Free and Wild!
Free and Wild!」
メロディが落ちていこうとも、アクセルは声量を保った。余韻を引き締めていく3人の音と、願いを織り込む声に、客の興奮が絡み合う。場を満たす拍手は、どよめきを延々と伸ばすようだった。
アクセルは、ジェイソンの攻撃的な煽りと暴走に、自分の声だけで応えられた。レイデンは、揺らぐ足元に、確かな安定感を与えてくれた。そしてブルースは、速度を維持し、最後の1滴まで燃料を使い切る事を惜しまなかった。
だが、汗の光に瞬くステージに割り込もうとするものに、アクセルは感覚を研ぎ澄ませる。歌いながら気付いていた。ライブハウスの色とりどりの照明に混ざる、同じ色でも異なる強弱を見せる、赤と青の光を。
自分のターンを待ち構えていた1人の警官が、ステージのセンターを振り返るなり、カウンターから立ち上がった。
「約束だ。大ごとは止めてくれよ」
この瞬間まで続いていた、マスターの念押しにも耳を貸さず、警官は淡々と観衆を切って進んだ。マスターは、背筋に冷気を感じた瞬間、ステージに引き寄せられる様に、足早に警官の後を追った。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非