12
音響や照明のスタッフが、先のグループとのやり取りを終えると、4人がいるソファー席に振り向いた。やれそうなら上がれと、スタッフの1人が流れのままに促してくる。
そこへジェイソンが、奥から仕事依頼を受けているグループと共に現れた。彼は空気を察すると、その足でステージに上がり、周囲の仕事仲間に短い挨拶を交わしていく。
レイラは座ったまま、慣れた様子で立ち去るレイデンとブルースを見送った。そして、まだ隣にいるアクセルの横顔を、じっと窺う。
先に向かう3人よりも、彼から放たれているオーラのようなものは、どこかピリついている様に感じた。駆け出しのバンドとはいえ、1人ひとりの経験と、与えられる環境に恵まれている印象だ。それでも彼は、いつまでも、肌で感じるほどの緊張感を持っている。
歌う前のアクセルは寡黙であり、自分の世界に沈んでいく様だった。日常の様子から目まぐるしく変わる姿に、目を奪われてきた。今では、彼が何かに集中する最中であっても、手を繋いだまま離さないでいてくれる。
それがいつ、どの時点から始まったのかは、大して重要ではなくなっていた。明確な始まりを欲しがっていた時もあったが、それよりももっと、じかに感じるものから読み取ろうとするようになった。
そんなスタイルに変えてみた時、彼が魅せてくること――言いたいことが何なのかを、自然に見出せるようになった。そしてその方法こそ、よくある、定番な思考に縛られず自由を感じられて、心地よかった。
やがて、繋いでくれていた手が、静かに遠ざかり始めた。レイラは、手に残るアクセルの温もりが冷めないよう、隠す様に両手で握り締める。僅かな湿りや振動が、バンドの始まりを蘇らせてきた。
初めて、ステージで4人が揃い、初志の炎が掲げられた時――彼等の原点を、今でも忘れていない。そしてこの先も、決して忘れない。
アクセルの汗と震えから、去っていく黒い背中から聞こえる、無言の独唱に、レイラはじっと耳を傾けた。
ステージの空気が、メンバーの音に揺れだした。其々がスタッフとやりとりする声がする。アクセルは、それらすらも遮断していく。
立てたマイクが跳ね返す銀の光は、胸の奥にまで焦点を当て、そこに潜むものを炙り出そうとする。が、この場の空気と香りが、それを覆う最高の手助けになってくれた。
鞘に押し込んだままの剣――日常をただ過ごすだけの空気を、抜かせる。声で、快楽と勇気を掻き立ててやる。それが、不器用な自分が最もできる、1人ひとりのLIVEを守る策だった。
ケーブルを挿す音に、鼻の反応が重なる。どれだけ料理や飲み物の匂いが紛れようとも、心地よい彼女の香りを嗅ぎ分けられる。この能力に賭けてみせる。誰かの薬に、なってみせる。
視界は自ずと、スポットライトから客席を映し出した。そのまま、短い声出しでコンディションを整えるブルース。暴れる兆しのない穏やかな構えを取るレイデン。ふと、振り返れば、ジェイソンが首を傾げ、シャツを引っ張りながら眉を歪めた。
「隠語を使った買い出しも無理ねぇな。本番前からお高い品の自慢か」
アクセルは静かに笑みを浮かべる。
「当然。常に本番だ――」
その発言を、不意に肩に圧し掛かったレイデンが遮った。闇の笑いを零しながら、レイラを僅かに顎でしゃくる。
「でけぇもんだな。じゃ、とっととヤれやファーザー・ジャケット。欲しがってんぞ」
アクセルは鼻で笑い飛ばす。レイデンの調子こそ、いつもいいスタート地点を作ってくれる。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非