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『勝手にすりゃあいいが、推奨せん。今朝もステファンは、また追いかけてやがる』
アクセルは眉を寄せ、声も無くその理由を訊ねる。クランチは呑気に毛繕いすると、身体を振って銀の被毛を立たせた。
『射撃された恨みの臭いがする。あいつが最も嫌うもんだ。致し方ねぇだろう』
アクセルは、込み上げる不安に首が自然と振られると、クランチを揺さぶった。
「頼む、すぐに探して阻止しろ! 警察が彼を撃っちまえば、壊れるのは彼だけじゃない!」
人であり、獣である。想像を絶する事態に人生を狂わされた今、恨みも当然ある。だが、この運命が何を意味するかを考えた時、糸を手繰り寄せる様に、自然とこの事態に関わる一家に想いを巡らせていた。同じ身体を手に入れた者として、何かできることがある気がした。
「クランチ、お前も生き物だ。それもスマートだろう?」
クランチの耳に角度がつくと、背筋が伸びた。
「好物ができて、それに惹かれる。食いたいから、そのために動く。そして満たされる。今は、なかった名前を持って、俺と距離を詰められる。人と同じ様に表現し、選択ができる。逃げる事や、戦う事だってする。これは全部、人と同じ、生きるためだ。仲間ができる事も。
ステファンは今、お前と俺の仲間だ。彼を止められるのは、俺達しかいない」
クランチは眼を尖らせ、鼻だけで静かに息をすると、口角を吊り上げた。
「無駄なお遊びってか」
読み取り難い感情から適当に代弁すると、アクセルはクランチを手放す。手応えのなさに溜め息を吐き、これ以上は時間をかけられないと、飛び下りる姿勢になった。そしてもう一度だけ、気になっている事を訊ねた。
「同じ生き物だからこそ、俺やステファンは……お前や他の動物達は、本来の身体に戻るべきじゃないのか。解決手段は何だ」
クランチは隣の木に飛び移る。陽光を被毛に受けながら華麗に弧を描く姿は、流星そのものだった。
その姿を目で追った時、アクセルは、他に3頭のコヨーテがいることに気付いた。遠い枝に点々と立ち尽くす彼等の眼は、こちらを鋭く貫いてくる。
しかし、アクセルはこの光景に、胸で首を傾げた。以前はもっと沢山いたはずの彼等は、この瞬間に3頭現れている、という訳ではない。明らかに減っている――そんな気配が、はっきりと感じ取れた。
『……てめぇが騒ぎ過ぎたせいで、お望みのモンは、もう嗅ぎつけてやがる』
クランチの濁った声に、アクセルは銀の瞳を見開いた。が、クランチはすぐさま言葉を遮る。
『だがなアックス。この世に残された時間は所詮、僅かだ。どんなに足掻いたとて、大地は人間を――己をも、赦さんと決めた』
アクセルは、鉛が深い底まで沈むような重苦しい感覚に、何も言い返せなくなる。その時、ふと周囲に視線を配ると、他のコヨーテの姿はもう、どこにもなかった。
クランチは腰を上げると、耳を動かし、どこか遠いところに意識を向け始める。その横顔に、アクセルは微かな困惑を見たような気がした。
『お望みのモンも、呪われた道具に過ぎん。それもまた、そちらさんで言うところの善意がもたらした、罪。我々を消し飛ばしたとて、時は必ず来る』
「何が言いたい……」
アクセルは、先を行こうとするクランチの尻尾を、声だけで掴む。
『神が受けた同じだけの犠牲を払え。もう一度、この世を目醒めさせたいのならば――』
クランチは言いながら、顔に満面の嘲りをあらわにすると、陽光に溶け込む様に枝を渡り、銀の靄に姿を消した。
アクセルは、クランチが消え去る姿よりも、もっと別の何かを、木漏れ日の中で見つめていた。何1つ特徴を得られていないが、胸騒ぎとして、確かに記憶に残った。自分とステファン以外の、もう1つの道具――希望と呼べるかもしれない存在が。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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