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その後ろでは、時に、行き交う人々がアクセルを笑った。しかしアクセルは、それに見向きもせず、慣れた様に鼻をひくつかせ、クランチの匂いを探った。
すると、カミキリムシの妻の方が彼に振り向き、長い触覚を上げた。
『自分で自分を探してるっての? それが進化と呼べるもんなのかしら。忙しいのよ! あんたが食べなくたって、他の連中が食べにくるわ! 森が枯れるばっかで、みーんな常に腹ペコよ!』
アクセルは目を尖らせると、夫妻を乱暴に脇に寄せた。木の麓を深く掘り起こし、絡み合う硬い根を引き千切っていく。先に潜っていた他の蟲達が驚いて這い出てくるところ、アクセルは、カミキリムシ夫妻をそこに戻してやった。
「こんなところで許せ。俺以外のシルバーコヨーテを見たか」
夫妻は、掘り起こされた穴にいそいそと潜り、奥で暖を取っていた仲間達と合流していく。
『噂の通り変わり者だ。ある意味、改良はいい方向じゃないのか。新しい神様か?』
カミキリムシの夫の方の言葉に、アクセルは首を傾げ、更に前のめりになる。
「頭がいいようだな。命令だ、改良とかいうバカな事は止める様に、周りに言って聞かせろ」
『はん!人間を先に止めなさいな!』
土の奥から、妻の方の声が鋭く上がる。アクセルは、時間の無駄だろうと立ち上がりかけると、頭上から低い唸りを含んだ笑い声が落ちてきた。ふと仰ぎ見ると、枝の上で、銀の眼光を灯すクランチが瞰視していた。
アクセルは幹に飛びつき、その枝まで颯爽と上り詰め、クランチの首裏を掴んだ。
「昨夜の件がこの街の警察にも知られた。警察が俺を嗅ぎつけた今、俺は俺のやり方で、ステファンの行動と、お前達が流す訝し気なもんを止めてみせる。だがな」
言葉を止めたアクセルに、クランチは僅かに眼を細めた。彼の眼差しは、同じ色や匂いを滲ませているとはいえ、やはり何かが違っていた。
「俺は、お前やステファンが撃ち殺されるのだけは避けたい」
だから今は、何があっても大人しくしてもらいたい。アクセルの胸から、強い願望が絡む熱が込み上げると、体毛が銀の光を帯びていく。紙に水が滲む様な豹変は、彼を鮮やかな銀色の姿に変えてしまっても、表情だけは志を保っていた。
『……訳が分からん。例えそれが叶えど、一瞬の時。無駄に終わるぞ、アックス』
ごろごろと喉を鳴らしながら、クランチは声を静かに絞り出す。それでも、アクセルは変わらなかった。
「無駄になるもんなんか、これっぽっちもねぇ。たとえ下手になろうが、お前にも、見えねぇお前のボスにも分からせてやるっ……どんなもんにも、値打ちがあるって!」
語気には、太い獣の声が混ざり込んでいた。
木々の間から伸びる陽光の中、クランチは顔を逸らす。
昨晩から、くだらない呼び方が妙に身に沁みていた。強欲を背に銃を向ける人間を狩る。それに痛快を得てきた筈が、今は、それとは違う感触を植え付けられた様だった。むず痒く、目障りで苛立たしい。そして、くだらなさに心底哂ってしまう。なのに、振り向いてしまう。ステファンとは違うものを魅せつけてくる、アクセルに。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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