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ライブハウスから10分弱はかかる自然公園が、数分で目と鼻の先に広がった。止まらずに街を駆け抜けたにも関わらず、息切れもなく、楓並木の間を縫って、公園の中へ急ぐ。
その向こうに広がる森林には、多くのハイキングコースが伸びている。そこに何かしら動物がいる事を祈りながら、スポーツや休息をして過ごす人達の合間を抜けていった。
コーヒーやマフィンなどの香りに、糸で操られる様に反応してしまう。自然の匂いが漂う中でも、人の食べものから放たれる匂いは強かった。空腹感を掻き立てられ、中毒性すら感じる。鳥類がすぐさま寄りつこうとする感覚を、この一瞬で理解できてしまった。
そんなものに用はないのに、意に反して香りに首を引っ張られ、嫌気がさす。と、何かが迫る気配に、再び首が操作された。見上げた先の太陽に、蹴り上げられたサッカーボールが重なると、膨らむ影がこちらに接近する。鼻を凹まされるか、否か――寸秒で、周囲から歓声が沸き起こる。
額をぶつけかける寸前、アクセルはサッカーボールを投げ返した。先のキーパーのこめかみを擦り抜けるという、閃光を見るような出来事に、相手チームは声を荒げ、1点リードしたチームは飛び上がる。
歓喜を上げるチームは、アクセルを称えて振り返るのだが、彼の姿はどこにもなかった。静寂が訪れるのもまた、一瞬だった。
アクセルは、森林の奥へ突き進んでいく。和気あいあいと散歩を楽しむ人達を乱暴に撥ね退けてでも、探した。
「クランチ!」
足が止まり、遠くまで伸びていく声に、じっと耳を傾ける。木々や空気が振動している様子は、まるでエコーをかけている様で、なんとなく手応えがあった。
ふと前屈みになり、辺りを見回す。蟲や小動物の微かな移動音が、耳の中で響きはじめた。騒めくそれは、頭の中で次第に塊になると、変形し、輪郭を得ながら存在感を生みだしていく。
『ちょっと早く潜ってよ! ぐずぐずしてたら、掘り起こされて肥料になるでしょうが!』
『痛い痛い! 押すなバカ! 木の根が絡まってて、先に行けないんだ!』
アクセルは、声の出所を探ろうと、木の麓に屈んだ。そこにはカミキリムシがおり、夫婦喧嘩の様なやり取りは、次第に大きくなる。
『もう! 冬支度に遅れるじゃないの!』
『お前が呑気に上の木ばっかり喰ってるからだろ!』
『何ぃ!? 栄養をみっちり取って体力の温存しないと、神様に貢献できないでしょうが!』
この時アクセルは、目を細める。また聞こえた“神様”という言葉が、耳に引っ掛かった。
『もう見捨てられちまってるよ! この根が腐ってるのが証拠だ! トンボの話じゃ、神様はもう、言葉を失くしておっかねぇ嗤いしかしないってよ』
アクセルは話を分析しようと更に屈んだ、その時。その大きな影が落ちた途端、カミキリムシ夫妻は悲鳴を上げた。4枚の翅を半端に広げるも、驚きのあまり、飛びついた木の表面からあっさり転げ落ちる。
『コヨーテじゃないの!』
『俺等は硬過ぎて喰えやしねぇ、残念だったな!』
カミキリムシ夫妻は、アクセルに構わず木の下に潜ろうとする。
「やぁ。えらく情報通のようだが、シルバーコヨーテは見なかったか。急用だ、食事どころじゃない」
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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