5
ライブハウスのパーキングに着くと、ジェイソンは降りるなりアクセルの腕を掴んだ。
「落ち着けよ」
「分かってる……」
警官の発言に、胸の奥に淀む何かが弾けた。今や自分の身体は火山そのものであり、マグマにどうにか蓋をする様な感覚だった。
目に異変が起きているかもしれないと思うと、ジェイソンを見られず、瞼を下ろしたその時――電話が鳴った。大きく表示された着信者を見ては、溜め息混じりに通話ボタンを押す。
「母さん、悪いけど買い物は少なめにして。全部買って帰れる自信ないから――」
「早く帰って来なさい。警察が話したがってる。貴方の部屋も見たいってっ……」
アクセルは、息が止まる。涙に溺れていく母を、手に取る様に感じた途端、事態を悟った。
「鳥みたいな人達だ、どうせすぐ来るんだろ。帰るけど、俺は間に合わない。やましいもんなんかないから、いくらでも見せといて」
「冗談だろアクセル!?」
急に飛び込んだ父の声に、緊張の空気が忽ち歪んでいく。
「お前、本当にそれでいいのか!? さすがに父さんも経験はないが、テレビなんかで見る限り、奴等は散らかせても元に戻せないぞ。自分で壁を張る方がいい!」
それでいいのか――不思議な事に、その大きな切り出しが、心に刻まれるように残った。そのせいで、話の後の方は僅かにしか聞き取れなかった。
考えに考えて、辿り着いた答えがある。それに対する問いかけの様に、勝手に感じてしまっていた。父が意味するものと180度違っていると、分かっていながら。
「いいって。拒否なんかできないだろ。ああ、まぁ、強いて言うなら、窓だけは触らせないで欲しいかな。帰るまで、頼んだよ……」
震えに掻き消されるまいと、はっきり伝えたつもりでいた。しかし、実際はどう聞こえたのだろう。確かめるまでに、反射的に通話を切っていた。
「ジェイ、悪い。ターンが来るまでに戻るから、買い物に行かせて」
「そんな空気じゃなかっただろ、明らかに」
焦りを隠せず近付くジェイソンから、アクセルは逃げる様に、しかし急ぎである事を敢えてさらしながら、彼から距離を取った。
「そんな空気だよ。うちは色々あって、隠語を使わないと話せない。この間見ただろ? 姉ちゃんこそがボスなんだ。頼む」
アクセルは言いながら笑って見せた途端、ジェイソンに手を取られるよりも先に、走った。
ジェイソンの手はただ宙を掴み、友人を呼ぶ声ごと空振りしてしまう。一切振り向いてもらえないまま、瞬く間に開いた距離と、急に競り上がった見えない隔たりに、呼吸すらも忘れていた。
その先にはもう、アクセルはいない。それでも、道行く人の中から彼を探そうとしてしまう。辺りを往復する視線は、動揺を掻き立てていく。彼の、最後の呟きに、鋭く胸を引っ掻かれた様だった。
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