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あらゆるジャンルの音楽が、廊下やエントランスに流れ、校舎に鳴り響いていく。実際にプロを打ち出した実績もある学校は、音楽教育への力の入れ方は細やかだった。
新学期の最初のレベルチェックは、第一印象を打ち込む挨拶の様なものであり、教師にとっては、詳細なカリキュラムを作る目的がある。
教師は、生徒が親しみやすい柔らかな表情を浮かべているものの、目は一切笑っていない。ほとんどリアクションをせず、じっと映画を観る様な態度には、圧力がある。全て録画される演奏は、多方面で判定をつけるためであり、評価が渡されるのは数日後だ。
バインダーの紙を捲り、5番目を呼ぶ。彼等が動き出すと、忽ち、周囲の歓声が被さった。教師は眉を寄せ、授業中である事を顔だけで訴える。
ジェイソンは、席の前でジャケットを脱ぐと、袖を巻き上げ、淡々とサウンドチェックを始めた。部屋は、まず、彼の名で彩られていく。中には、バンド結成の誘いを断ったくせに、というブーイングも混ざっていた。彼の、地域のライブハウスでの飛びぬけたパフォーマンスを知る者は、学校でそれが見られる事を喜ばずにはいられない。
ヒットは、ウォーキングのペースで始まる。とはいえ、踏み出す1歩は強い。曲の出だしにそのまま繋がるリズムを、繰り返していく。
姿勢を真っ直ぐに、軸を保つ。肩から肘、手首の調節で、これから放つ曲に無駄な衝撃を与えないようにする。謂わば、サスペンションであり、ノり心地をよくする役割に打ち込んだ。途中、草を急に踏まれて驚くバッタの様に、シンバルが飛ぶ。それは、キーが挿さった合図だ。
滑り込むブルースのギターサウンドで、キーが捻られ、エンジンがかかる。彼はレザージャケットを脱ぎ、涼し気な姿になっているが、目とピックからは、音に合わせて火の粉を散らせている。2種類の音が重なり、アイドリングに入った。
焦らしながら迫る彼等の演奏に、周囲が興奮する。
そこへ、さり気なくレイデンの低音が混ざり込んだ。袖を引き上げた左腕には、初段階のアウトラインのみのタトゥーが、指先まで入っている。彼は、2人によるエンジンの動力を、回転軸としてボーカルに伝えていく。
アクセルは、重みと軽みが合わさる3人の音を背中に受けながら、センターにマイクを立てた。手際よく挿されたケーブルを外側に大きく流すと、フロントグリルと化したマイクで、口元が隠れる。サングラスに陽射しを反す様子は、ヘッドライトだ。
「奥さんと喧嘩でもしたんですか、先生」
教師は、アクセルに右口角を上げ、首だけで否定する。
「冷却期間ですか、分かりますよ。俺も、これから家に人間が増えるんで、そんな顔になる日々がまた来ると思うとねぇ……」
教師は乾いた笑いを飛ばしながら、ボールペンの頭を連打する。喧嘩をするような歳ではなくなった。阿吽の呼吸だけでやり過ごせる関係も悪くはないが、昔みたく熱量を出せないのは、少々つまらなく感じる時もある。そんな所を偶然突いてきたアクセルに、目を細めるしかなかった。
※サスペンション
車の後部に設けられている部分。乗り心地をよくする働きがあります。作中では音楽なので「ノリ」としています。
※シャフト
車のエンジンの動力をタイヤに伝える働きがあります。
※フロントグリル
車の前面に取り付けられている網目状(に近い)部品です。エンジンやラジエーター(冷却機器)を冷やす働きがあります。ガイコツマイクは、この部分がモデルとされています。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
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