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上弦の月でも、3分の2以上が満ちた状態を示します。満ちていく過程から、引き続きエネルギーが漲ったり、成長をしていくという意味があります。また、潜在的な能力の発揮・新たな始まりという意味もあり、本章では、その部分を打ち出していきます。
「何時だったか分からない……まだ暗かったと思う……」
アクセルは、助手席の窓に映る自分の姿を確かめながら、昨日を振り返っていた。
記憶を失われるのが恐ろしく、曲をリピートし、書き綴った思い出を何度も読み返して過ごしていた。そして、これまでにない最高の夜を、唯一の香りと共に浸った。ベッドに横になったのもいつなのか、全く分からないくらいに。
ジェイソンは、アクセルの呟く様な小さな話し声に、じっと耳を傾ける。落ち着き払った姿勢は、相手が話すつもりもない事まで喋らせる。その表情は、サングラスが邪魔して分かりにくい。
放課後、ブルースとレイデンは補習が入り、すぐの合流ができなかった。2人はピア・チューターにすらなれやしないと、教師に呼び出された。というよりも、引き摺られていったと言うのがいいかもしれない。それを考えると、アクセルは、自分が学力まで失われずにいる事にホッとする。それだけでなく、長い時間をかけて思い出と向き合ったからなのか、寝不足とはいえ、記憶は普段通りと言えるくらい鮮明だった。
「そう言えばあの曲、かなりパワーが出たな。俺の声、消す気?」
新たに出来上がった2曲のロックの中でも、1曲は、ドラムサウンドに強さとスピードがかなり出ていた。
ジェイソンは一瞬横目を向けると、小さく笑う。
「俺も負けてられないだろう。そんなに打ち込んでるとこ見せられたら」
誰に何を指摘された訳でもなかった。しかし、バンドの持ち曲で、ロックの代表と呼べるくらいの1曲になるというのに、音の物足りなさをずっと感じていた。
仕事ならば決まった曲を渡され、指示に沿って叩くか、案を促されても一部を考えるのが殆どだ。自分のバンドで活動するという事は、比較にならないくらい別物だった。
環境ごと引っ掻き回すブルースのサウンドを、レイデンのサウンドが、華麗に歩調を合わせて追いかけ回し、ちょっかいをかけて転ばせようとする。
ドラムサウンドをよく聞き分けるレイデンが、時に、口にせず音で自分を誘ってきている事は分かっていた。
学年がたった2つ違うだけで、何かが違う。3人の事を、時に別世界を見ている様な目で見ていた。そして、ただ年月を重ねるだけでなく、早い段階で大人が多い環境に踏み込んだために、成人に向かって心が急いていた事に気付いた。
少し、幼い頃に戻った方がいいだろう。否、自分はまだ子どもなのだ。世間からすれば成人であっても、遥か先を生きる大人からすれば、きっと。ならば、リズムで足場を崩し、観客を驚かせてやろうと思った。
※ピア・チューター/ピア・チューター制度
上級生が下級生に勉強を教えるシステムです。学力がなかなか追いつかずに困難である生徒や、障がいがある理由で学習スピードが緩やかな生徒などに対し、一定レベルを持つ学生が教師に変わって指導をするといったものです。日本でも取り入れられている学校があり、大学生が多いようです。放課後や夕方など、塾の様なイメージで取り組んでいるところもあるみたいです。
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サスペンスダークファンタジー
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