17
レイラは、アクセルの隣に腰を下ろすと、ギターを久しぶりに見たと言いながら、そのヘッドに触れた。
「弾けるじゃない。ライブでもまた見れる?」
「弾かない。自分でも分かるよ。歌う方に夢中になる。きっと向いてない」
それが自分なのだと、アクセルは、どこか清々しい気持ちで口にする。
そんな、ギターをクッションの様に抱える彼の横顔から、レイラは口を尖らせる。
「また。どうせブルースが煩いんでしょ。言ってあげようか? 師匠気取りも大概にしろって。ついでに、ハイスペック過ぎると、かえって近寄り難いって事も。控え目か、不器用なところがあるから安心するのよ」
アクセルは、小さく鼻だけで微笑んだ。いつか、ブルースがほんの少しだけ話してくれた、彼自身の苦労を思い出した。
「そうだな……それは、言ってやっていいかも」
レイラは、どこか遠くを見ながら話しをするアクセルから、自分に向くギターヘッドに視線を落とす。
「で? 何してるの?」
冷たいはずの風は、ずっと温かい。秋から春に変わっていく様な現象。何故そう感じるのかが分かった気がした途端、アクセルは、邪魔なギターを脇に退かした。そしてレイラに身体を向けると、互いの足元が触れた。
彼女は首を傾げている。何かを求めて見開く眼差しには、どこか心配が滲んでいた。その一方で、輝いても見える。緊張に揺れる瞳があらわすものは、何なのか。答えが欲しいまま、そこに手繰り寄せられていく。
レイラは、こちらを見つめてくるアクセルが、言葉を探している様に感じた。近付くだけで、会話の間を詰めようとしない。そういう不器用なところが可愛いらしかった。本人はそこに困っているようだが、自分はそれに寄り添いたいあまり、その手を取ってしまう。
「さっきの歌は……誰かに……?」
アクセルは困り果てた笑いを浮かべると、首をふらふらと横に振った。嫌な質問に呆れるよりも、激しく突き上げてくる苦しみを振り払いたかった。
ここに座って歌う事以外の目的を、意識しない訳にはいかなかった。力の加減ができねばならない。そのためには試す他はなく、だんだん、身体が震え始めた。それをどうにか体内に押し込みながら、レイラの額に、そっと自分の額をあてがう。ゆっくり、慎重にするのだと、目を閉じて集中した。
「聞くなよ……分かるだろ……」
「知らない。ちゃんと教えて……何て歌ってたの……」
レイラもまた、震えを感じた。自分のものなのか、彼から伝わるものなのか、その境目が分からなかった。目を開けるのが怖いというよりも、見ていられる自信がなかった。反射的に取っていた彼の手に、力が入ってしまう。
「綺麗だって話だったろ、聴いとけよ……」
「誰の事……」
胸が疼いた途端、アクセルはレイラの肩に顔を埋めると、頭から抱き寄せ、髪を掬う様に掴んだ。
何かが全身を締め付けてくる。それに抗うにつれ、胸が痛みに声を上げ、涙が滲み出す。それを隠そうと、ひたすら彼女を――嗅いだ。
レイラは、アクセルを呼び切れないまま目を見開く。激しい鼓動に、体勢を崩しかけた。大きく絡みつく彼の腕を、反射的に掴んでいた。動揺に眉が寄るも、そのまま彼を取り込んでしまう。
一体何が起きているのか――それを確かめようとしても、意識が乱れてしまう。彼の吸い込んでくる息が耳を包み、その裏に回ると、首筋を下りていく。うなじに頬を感じたかと思えば、すぐに離れてしまう。それが続く最中、呼吸を逃し、息を吸う隙を見つけるのに精一杯になる。
身体に取り込みたい。たとえ嗅覚が狂おうとも。それでもアクセルは、胸の奥から熱く湧き上がる力に、接触の限界を感じた。その心細さが、滴になってしまった。
「レイラ頼む……頼みがある、お願いだから聞いてくれっ……」
急な言葉に、レイラの熱はやっと引いていく。そして、様子が変わったアクセルに、不安の眼差しを向けた時。差し出された手帳とペンに、はっとする。
「何でもいい……何か書いてくれ……君だけは忘れたくない、頼む……俺が探せるように……頼む……」
※プロローグから4ヶ月が経ってしまったのですね。そのページでは、どんな彼の姿があったのか。新章から終盤を迎える今、記憶の呼び出しに、少し振り返ってみてもいいかもしれません。
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サスペンスダークファンタジー
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