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♪Chapter13 / 【it's hard to explain why i wanna die】
YouTube / tom abisgold にて聴いて頂けます。
「it's hard to explain why i wanna die」
★COYOTE ver. / You’re so beautiful
空は、星の瞬きが分かるほどには晴れていた。欠けてしまっている月に、満たされていない自分を重ねていると、慰めに吹き付ける風が、木の葉を躍らせた。空気が喉まで乾かそうとしてくるのを、息を呑んで潤わせる。
ただ見聞きしたものを書き留め、読み返すだけでは足りないと思った。忘れたくないものなど、一生かかっても挙げきれない。
歴史やストーリーになった溢れんばかりの思い出を、感情を表現できる力が備わっているならば、それを身体に刻む事もまた、必要だった。そしてこの身体を知り、加減をコントロールしてみせる。
隣の家に近づくにつれ、足が緩やかになる。自宅と同じ様に、玄関の灯が優しく夜を照らしていた。小さな窓から漏れる柔らかい光は、客人を包もうとしている。
そこに踏み込むつもりはない。あくまで自然に、それこそ今、嗅ぎつけられる仄かな香りの様に、誘い出したかった。もし、誘い出せるならば。
歩道と敷地を区切る、低いレンガ造りの塀に座ると、退屈そうにしていたギターを抱えた。そしてもう一度、肩越しに彼女の家を振り返る。
風にのってくる甘い香りに、彼女の存在を鮮明に感じた時――6本の弦をランダムに鳴らした。吹く風を、音で描いていく。その場を転がる楓に音色を託し、夜空に見送った。時に小さく、時に大きく、円を描く木の葉に乗って、音は宙を滑り、舞い上がる。それらの戯れが、哀愁を含んだ和音に終わり、足元に落ちた時――しんとしたベールをそっと、指で引き寄せた。
「ライトをつけただけなのに 新しい人生が始まった
ありふれた時間に香りがして ダルい朝を甘くする
全てが変わった
隣に君が来てから 何もかもが変わったんだ
見え方も 感じ方も なにもかも」
思い出に込める音色が、星明りや照明を呼び寄せようと、薄闇を震わせていく。だが、光はこちらに届きはせず、メロディーは少し元気をなくした。
「だけど ずいぶん遠いんだ
しばらくだよ いつ会える? 話を聞かせてよ 寂しいよ」
力無く呟く様な音。その端を、つい、力んだ声で消しかける。と、声を強く張るまいと、慌てて息を吸って抑えた。出したい声を作り、想いを太い糸に変え、丁寧に送り届けていく。
「俺はつまらないだろう
イケてもないが それがどうした?
気にしない どんなにつまらなくたって
君が最高だってのは分かる
きみはとても綺麗だ」
1つ吐き出すと、瞼が開いた。伸びながら消えていく和音はやがて、次の感情を呼び覚ますと、弦を弾く力に変わる。
「たまに痛いんだ 笑われる
隠すのが下手くそだからって
誰かさんのせいだよ 迷子になる
ほっといてくれさえすれば 平然と振る舞えるのに
なぁ ずいぶん遠いよ
孤独なハーベストムーンみたいだ
元気かを教えてよ 寂しいよ
俺はつまらないだろう
イケてもないが それがどうした?
気にしない
だって 明日世界が終わるかもしれないのに
ただ知っておいて欲しい 君は最高だって
君はとても綺麗だ」
胸が疼き、顔が歪むのを、強まる演奏で隠した。長い、緩やかな間奏で、込み上げる感情の熱を掻き消していく。自分の姿であり続けるために。自分自身のまま、顔を合わせられるように。
祈りは楓に乗り、風に絡んでいく。どこまでも長く続くように、メロディーが静かに余韻を残した。
「あの場所での時間を忘れないよ
また話を聞かせてよ いつもみたいに」
そして話す様に、最後は囁く様に、擦れた音に消えた。気付けば風は温かく、甘い香りが強さを増している。不思議な感覚に、ふと振り返った時――レイラはそっと瞬きしては、微笑んだ。
※和音=コード。3つの音を同時に奏でた時の音です。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
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