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レイデンは、ジェイソンの容姿に顔を歪めた。
「おい、金曜日のツラはオヤジモードに変えたのか? 止めとけ、ハニーが可哀そうだ」
相手にしないジェイソンの横に、ブルースが駆け戻ると、ベルが鳴った。教師の声で、最初のバンドの提出が始まろうとする。
漸く揃った4人は5番目で、準備に入った。
「ヒヤヒヤさせやがって、進路かかってんだぞ!」
「卒業? フツーに門出りゃいいじゃん」
レイデンは、火を吹かせるブルースを乾いた笑いで聞き流す。
「何で間に合うんだ? 俺が探すの諦めた時点で2分前だった」
「くだらねぇなアックス。国語は1階。窓から楽勝。今朝は手配通り、BMXライダーをヒッチハイクした」
話を小耳に、ブルースは、黒と青のバーストがかかったエレキギターをチューニングしながら、顔を歪めた。
「国語? いたのかよ……待て、来るのに20インチタイヤで移動する計算をしてたのか!?」
「細けぇアホだ」
ジェイソンが疲れ目を開きながら呟く。
「時間と恋愛と音もヤる時と同じ、感覚でイけや」
レイデンは言い終わりに、上げたままのレンズを再びワンプッシュで下ろした。
彼は廊下に座ると、のろのろと愛器であるベースを出す。せっかくのオリンピックホワイトのボディは、パンクなステッカーにまみれている。垣間見える傷や汚れが、いかに弾き込んでいるかを醸し出していた。センスで生きる彼もまた、耳だけでチューニングを済ませていく。
ジェイソンは、自前のスティックを片手に、メンバーが数秒で各々の空間に入っていくのを眺めた。
すぐ足元にいるレイデンの顔は、寝ぼけた表情から水を打った様に、獲物を狙う目になっている。細部まで塵を取り除く様に、丁寧に音を整える彼は、車に例えるならば、ガスを掃除する触媒装置だ。
向かいの壁に背を預けて立つブルースは、また新しい指のウォームアップをしている。熱く打ち込む様子は、エンジンを吹かせる準備だ。しかし客は、それに対して、もう、単に凄いという一言を返すのがやっとだろう。3歳から、プロギタリストの父の指導を受けて得たスキルなど、未経験者では測れない。
片やアクセルは、必需品のサングラスをかけ、イヤホンをしながら、窓枠に上体を預けている。お決まりの姿勢は、ヘッドライトが灯されるのを待つ車だ。目の前で揺れる秋景色など、映っていない。いつの間に準備したのか、脇には、ガイコツマイクが陽光を跳ね返しながら佇んでいる。
待っている間の手足が力んでいる様だ。レッスンが臨時の教師であったという理由で、そうはならないだろう。ジェイソンはなんとなく、彼に何かあったのではないかと推測する。しかし、それを今、わざわざ会話として聞く必要はない。サングラスの下で瞬きを忘れる熱い眼差しは、体内のあらゆる装置のチェックをしている最中だ。
ジェイソンは、キャップを後ろに回すと、眼鏡を外し、周囲の音をシャットアウトする。黒のオーク素材でできたスティックは、滑り止めの黒のテープで、更に引き締まっていた。同じものを使い続けるのには、若くして失われた師への思い入れがある。その人を想うほど、爪先とスティックの先が、小刻みに床と壁を打った。微かに弾けたヒットは氷山の一角の様で、音が消えたとて、別で備える複雑なエンジンがじっと待ち構えている。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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