12
夕食を断り、アクセルはデスクに齧りついていた。コンポから薄く流れるバンドミュージックを聞き入っている内に、ペンが止まっていた。スタンドライトの灯の中で、埃が光っている。その細かな瞬きが、銀の光を思い出させては、首を振った。
記憶が喰われていく――緩やかに迫る牙をどことなく睨むと、音量を上げ、再びペンを手帳に走らせた。
ステファンの行動から芽生えた想い。家族の大騒ぎが更に強調させた、自分の新たな異変。そして今――スマートフォンが表示した内容に、忘れかけていた引き出しが開かれていく。
4人のトークルームを設けていても、殆どは楽曲や歌詞といったデータ共有ばかりで、コミュニケーションに使うのは僅かだった。そこには、新着の楽曲データが5件届いているだけで、とくに追記はない。いつも通り、聴けば分かるだろうという、ブルースからの無言のメッセージだけが残されていた。
それらを順に聴くと、土曜日のライブの曲だと気付き、ホッとする。後から送ると言われていた、最終的な微調整をされた完成形の楽曲だと分かると、そのままウォークマンに移した。その後、新しい曲をコンポから流していく。
トークルームを閉じると、個人宛のメッセージ通知に目が留まった。トップにきていたそれはブルースからで、少し前に届いていたばかりだった。“しっかり聴け!”という、半ば指導にも受け取れる短文は、今にも声として聞こえてきそうで、力強い。
アクセルは、ふと、笑みがこぼれた。すると、それを読まれるのを待っていたかの様に、ブルースから電話がきた。
「ジェイソンに言うなよ。あいつ、そっとしとけとか言うけど、できる訳ねぇだろって! 寝てたか?」
「まさか。音源聴かないと張り倒されそうな気がして、ビビッてたとこ」
ブルースの笑い声を聞いて、お互いが安心していると感じた。こうして、何も気にせずいつも通り接していれば、自分の意思が勝ち、体内を巡る銀の液など消えて元に戻るのではないか。と、回し損ねて落ちたペンに視線を落とした。
「あれ? 静かだな、家にいるのか?」
環境の静けさに気付いたアクセルは、軽い調子で尋ねた。
「サクッと音録りだけして解散した。ジェイも仕事だし、レイも突破で依頼先に呼ばれたし。仕上がってんだから、自主練でもいいだろってなった。だからアップしまくってスタジオで暴れてたら、母さんに煩ぇって怒鳴られた!」
スタジオの防音が効いていないとなると、どれほどの音を出していたのか。アクセルは、想像しては腹を抱えて笑った。あのミニ兎の様な母と、何度か聞いた事のあるその怒鳴り声に、激しいギャップを感じてならなかった。
笑いながらも、話の中に潜むメンバーの愛を嗅ぎつけては、胸が疼いた。2人の仕事が嘘ではないにしても、彼等の事だから、集まる時間を長く取る選択は、そもそもなかったのかもしれない。
「音、助かった。ありがとう」
張りのない声になってしまったが、ブルースは気さくに笑い返すと、少し躊躇いを滲ませながら切り出した。
「なぁ、俺もそんな鈍くねぇぜ? 何かねぇのか、その……俺等が聞いてやれる事……」
上手く言おうとすればするほど、下手くそだった。聞こえや見た目も悪くなる。それでも彼は、ぶつける事を恐れなかった。
とはいえ、少々気遣いで飾っている。そう感じたアクセルは、ペンを置くと、想いを連ねた。
「俺には、忘れたくない音も山ほどある……でも、今はそれを覚えていられる自信がなくて、焦ってる……」
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
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