11
何故この家には裏口がないのだろうかと、アクセルは溜め息をこぼした。母と姉の視線を避けるのに、これほど困った事はない。
入るなり、母が座るよう促した。だが、階段の前から動くつもりはなかった。ここで過ごす時間があるなら、記憶の書き留めを1ページでも多くしておきたい。そんな事情も話せず、端で声を殺して言葉を待つ姉を見て、まずは謝った。
「……その土は何なの」
姉の声に、アクセルは身体を見回した。掃ってから入った筈だが、姉は首や袖周りだと指差してくる。バッタを食べたなんて口が裂けても言えず
「ああ、学校の猫だ! 砂かけを誰かが仕込んだらしい」
キャシーは呆れた溜め息で、弟の発言を掻き消した。
「熱があるのにうろうろしてると、碌なジョークが出ないわね。あんたは何を考えてんの? 妹の好物持って、鳩の餌やりでもしてたわけ?」
「いや、鳩じゃなく……俺だ、俺も食べたくなっただけ。外で、優雅に――」
途端、母がテーブルを叩いた。そして、階段で立ち尽くす息子にそっと近付く。
「人に言えない事なんて、するもんじゃないわね」
分かっている。だが、一般的な方法では厳しい事もあるのだと、言いかけて止まった。家族からすれば、想像を絶し、理解に苦しむに違いない。今は言い訳をせず、騒がせた事を謝るのが精一杯だった。ただ、1つだけ伝えておきたかった。
「間違ってるだろうけど、正していく……言えないのは今だけだ……後でちゃんと伝える……」
とにかく、今は時間が欲しい。家族と過ごす時間を、多少削ってでも。それがどんなに惜しくとも。
「……え、お兄ちゃん、ポケットから何か出てるよ」
騒ぎを聞きつけ、静かに階段を下りてきたソニアが、兄の背後から訝し気に尋ねた。アクセルが妹を振り返った事で、ポケットの向きが変わった時――母の顔が次第に青褪める。その物体が何か分からなくとも、脳は自動的にその正体を形成してしまう。同じ現象が起こるソニアもまた、身震いしながら引き下がる。
何の事かと、キャシーが弟の上着に触れた。アクセルがその手を払い除けるよりも先に、右ポケットから、それは転げ落ちてしまった。それを見てキャシーは凍てつき、ソニアと母は目を剥いて絶句する。
「ああ、調教に必要だったんだよ! 褒めただけで、餌をやり忘れてた!」
妹と母の悲鳴に、屋根が飛びかける。姉はじっとしたまま、心底、弟の行動と発言に引いた。
アクセルは、蹴り出される様に玄関を飛び出すと、庭にそれを埋めようとした。穴を掘る最中、何度も溜め息が出た。そして
「ああ……あん時、喰っときゃよかった……」
母が使う庭仕事用のスコップを、思わず落としてしまう。今、自分は何と言ったのだろう。指先から、戦慄が激しく迸った。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非