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「ステファンには欲しいもんがあった……どうしようもなく欲しくて、見たいもんが……そしてきっと、触れたいとも思った……お前はそれをラリってるなんて言うが、俺は、そういったもんがたまらなく綺麗だと思う……」
蟲の音が涼しさを運んでくる。騒めく風は、互いの銀光を闇に散りばめ、そこにだけ夜空が潜んでいる様だった。
「彼はそれを思い出し、求めた……つまり、俺もステファンも、人間である事を完全に忘れる事はできない。そして俺に関しては――」
アクセルは、コヨーテの鼻に顔を近付けてでも睨み、そっと歯を見せた。
「いい薬が揃ってんだよ……この身体で生きていくにしても、それは失くならねぇ……なぁ、だからよぉ……黙って、てめぇも救われろ……」
コヨーテの瞳孔が素早く縦に変わると、互いの眼光が克ち合う。漏れる唸り声が、アクセルのそれに覆われていくと、次第に眼が細くなり、疑問が滲み出てしまう。と、急に毛を毟られるかの様に頭を撫でられた。
アクセルは、されるがままのコヨーテから手を離すと、ステファンを見て溜め息を吐いた。
この事態を世間に知らせる方法は、1つしか浮かばなかった。まだ綿密な策は無いが、自分がキーになる他はない。
腹立たしい、例えようのない苦痛に悩まされながらも、コヨーテを見てしまう。どうしようもなく吸い込まれてしまうのは、やはり、似たところがあるからなのかもしれない。
「……名前はないのか」
訊ねても、コヨーテはただ咀嚼音を打ち返すだけだった。
「お前はどこから来た……別の星か何かからか……」
軽やかな音を立てながら顔を上げたコヨーテは、ふと、傍に現れた仲間の1頭に視線を流す。それに釣られたアクセルは、瞼を失った。連れが放り投げてきたのは、尽き果てたハタネズミだった。
『高栄養価の代物だ。くれてやる』
目の前のコヨーテと瓜二つの仲間は、そう言って去ってしまう。
『……お前ぇの発言が気に入ったんだろうよ』
アクセルは眉を歪めてコヨーテに向き直る。コヨーテは既に、コーンフレークの山崩しを始めていた。
「……で? 答える気はねぇのか」
アクセルは問いながら、投げられたハタネズミを尻尾から持ち上げ、呆然と眺めた。
『土だ』
「……おかしな名前だな」
コヨーテは透かさず吠え声を放つと、呼び名ではないと否定しては、乱暴に食事を続けた。
アクセルは、互いの食事が入れ替わるという気味の悪い現象に、顔が引き攣っていく。ところが、耳を刺激してくる高くて細かな粉砕音に、笑みが零れてしまう。土から来たなどモグラではあるまいし、と言いかけたものの、口が止まった。異常事態ばかりを目の当たりにする今、彼等の行動や発言には、考える余地が要ると感じた。
己を保ってみせる事。ステファンとホリーの再会を、願いだけに留めない事。それらをやり切れるかどうかを、空の右手を見つめて考えていた。そして鞄を漁り、手帳を取り出した。これを手にするという動きを、身体に焼きつけてみせる。また、開いたそこに並ぶ家族やメンバーの名前、そして
「レイラ……」
自分だけが知り、辿れる香りがそこにある。それを、最後まで覚えておいてみせる。
「じゃあな、クランチ」
アクセルは、荷物とハタネズミを手に、森林を後にした。
コヨーテは背筋を伸ばすと、銀の毛並みを煌めかせ、眼光を強める。早々に小さくなってしまうアクセルの背中を見届ける内に、舌を出して息を荒げた。また、持ってきてくれるだろうか。そんな妙な感覚に陥ると、腰が勝手に持ち上がっては、不本意に尻尾が1つ振られた。脚はそのまま、狭いそこを暫く往復した。
※呟きですが……書いてて、なんだか「土田」って言ってるみたいに感じました。
※クランチ=crunchで、噛み砕くという意味から、パリパリ、カリカリといった擬音語としても使われます。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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