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「ボスに会わせろ。無理ならハッキリ伝えとけ。商品のプロモーションが最悪だって! トライアル期間と保証も、何もかも終わってやがる! 誰も見向きもしねぇどころか、どう排除するか、そればっかに頭がいく!」
アクセルは言いながら地面を叩きつけると、そこにあったものを掴み、目もくれず自然と口に運んだ。小指程の大きさをしたそれには、細い何かが数本生えており、微かな動きが唇を這った。何も考えずに噛み潰すと、苦味とトロミが合わさったものが舌を覆いつくしたところで、銀の眼を見開く。顎は、エラーを起こすかの様に固くなった。
『そいつはでけぇ。レアもんだぜ。動いた後にゃあ、もってこいだ』
コヨーテは淡々と言うと、コーンフレークに顔を埋める。
バッタが高たんぱく源である事は熟知していても、この様な食し方など有り得ず、アクセルは自分にぞっとする。気付けばそれを呑み込んでおり、唾液で必死に後味ごと流し込む。ここまであまりに流動的で、吐き気がした。
コヨーテは、動揺するアクセルに眼を尖らせた。必要な栄養源だというのに、口にするのは抵抗があるのかと、不思議なものを見る眼で彼を眺めてしまう。そして、こだわりや要望が複雑なものだと鼻を鳴らしては、2杯目の山を、草の間に入り込んだものまで綺麗に舌で掬い上げて完食した。
『……お前にやれる事なんざ何もねぇ。ただその身体でやってくだけのこった。ひょんな事が起こるなんざ、生きてりゃよくある事だろう』
コヨーテの言葉を、アクセルは唾に絡めて茂みに吐き捨てた。まだ、苦味が口内にこびりついていた。
「こっちの気持ちなんて、死んでも解らねぇだろうよ、お前等みてぇな奴には……」
アクセルは口を拭い、突き上げてきた空気を吐いた。寸秒のアクシデントだけで、腹は満たされた。
『おい』
短い吠え声に紛れて呼んでくるコヨーテに、アクセルは唸る。
「こいつは、こだわりぬかれた高価なもんなんだ! それこそ、さっきのレア級バッタと一緒なんだよ! もっと上品に、味わって喰え!」
更なるコーンフレークを求めるコヨーテは、涼しい顔を変えない。
『そそられて夢中になっちまう事の何がいけねぇのか、教えてもらおうか。その道のプロだろう? つっても、我々はお前達人間みてぇに、目すらなくなる、なんて事はねぇがなあ』
人間の五感を上回る部分が多く、陶酔するものの対象も違う。その様な生物――コヨーテに、自分がこれから染まっていくと思うと、アクセルは焦りが込み上げた。
いつまでも戻らない身体をどうにかしようと、立ち上がる。そこら中を叩いたり、手足を振ったりと、低温で熱され続けている様な感触を振り払おうとした。するとまた、コヨーテは切り出した。
『アックス、こいつは運命だ。たとえ発端が、お前やそこの男でなくとも、人間は触れちゃマズいもんに触れ、これを招いた……』
コヨーテは、3杯目の山を静かに舌で掬い取ると、その場はまた、咀嚼音だけになった。
自分で解決できる方法はない。アクセルは、そう受け取るしかないと解釈するも、腕を組んでコヨーテを見下ろした。狂暴的な性格は、食事の最中だけは利口な犬と何ら変わらなかった。
その様子をじっと眺めている内に、徐に笑みを浮かべる。不意に込み上げた熱いものが、瞳をも熱してくる様で、視界が明るくなるのが分かった。
コヨーテは、辺りが明るくなった事に気付いて顔を上げると、そこには悪戯に笑うアクセルがいた。
「そうかよ……だから何だ……俺は、お前が思ってる様な生き物じゃねぇ……彼もそうだ……」
コヨーテは、アクセルの言葉を辿る様に、眠りに落ちるステファンに流し目を向ける。
『人間の細胞が食い尽くされようとする今、そいつは、直に人ではなくなる。お前も……』
それはどうだろうかと、アクセルはコヨーテを振り向かせた。
「ずっと見てて思った。お前は、自分が人間様よりもあらゆる感覚が長けてるって言いたい様だが……違うぜ」
言葉に引っ掛けられるまま、コヨーテは背筋を伸ばしていく。そのままアクセルに眼を細めると、自然とその先を求めてしまっていた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
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