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アクセルは、森を奔り抜けている内にステファンの匂いに気付いた。進み続けていると、スモークの様に立ち込める銀の靄が見え、そこの大木の麓に、ステファンが横たわっているのを見つけた。
微動だにしない彼を包む靄に、アクセルは暫し釘付けになる。すると、靄は地面を這って近づいてきた。
アクセルは大きく引き下がっても、それは躊躇なく迫り、薄い膜になって広がった。今にも呑まれそうになる恐怖に声を上げるのが先か――毛布の様に包まれたかと思うと、靄は全身を擦り抜けていった。
その場は、微かな虫の声だけになる。何かが起こるのではないかと、アクセルは辺りを隈なく見回した。だが、気味の悪い静けさが広がるだけで、そこには何も無い。夕闇をまとう森は、あの銀の靄が消えた途端、清々しい気持ちにさせてくれる。それは、清掃された部屋に入った時と似た様な感覚だった。
その時、アクセルは自分の身体の軽さに気付いた。体格や髪は、未だ光を放っている。ところが、両手から足先を眺めるなり唖然とした。傷も、衣類の汚れも、綺麗に拭われていた。
ステファンの右大腿に負わされた銃創も、跡形も無い。この現象から、アクセルは、警察が手掛かりを掴めない理由と結びついていく。自分やステファンを見ても、先程の現場に残った筈の血痕も、きっと指紋すらも、全て消えているに違いない。
この途方もない現実に、アクセルは暫し俯いたまま、立ち尽くした。そして、静かな寝息を立てるステファンに視線を移した。今の彼は、どこにでもいる一般人にしか見えない。起こして事情を話せば、今にも自宅へ帰りそうな気がする。
ステファンがあの街に向かったキッカケは、果たして、自分の発言だけなのだろうか。アクセルは首を傾げると、ぐったりと眠る彼の身体に、慎重に触れていく。
自分の父親ほどではないが、遥かに大人であり、学校の教師にも見える。MISSING PERSONの写真よりも少し痩せているのは、この身体になってからだろうか。
起こさないよう、肌の様子など、そこら中を細かく観察する。この時、アクセルは自分の右手の負傷箇所を見た。目を凝らしてやっと分かる程度にまで治癒している。この様な傷跡がステファンにもあるのだろうかと探るも、目に付く範囲には無かった。
ふと、ステファンが手ぶらである事に疑問が浮かんだ。最低限の必需品すらも、彼は手放してしまったのだろうか。しかし、これまでのニュースで彼の持ち物は発見されていない。何も持たない彼が、家族の元へ帰ろうとしていたならば、その道標になるものは何か。
アクセルは、瞬きも忘れてステファンを見つめる内に、トレンチコートのポケットをそっと探った。乾いたものの感触がし、目を見開いた。
紙は四つ折りになり、皺だらけだった。胸騒ぎがする中、手早くそれを広げてみた途端、息が止まった。今や指名手配に変わってしまったMISSING PERSONの紙に、視線が何度も往復する。
折り筋のせいで、本人の顔は擦れていた。内容は、下の空白に消えかけた手書きの文字があるという、違いがある。となると、失踪して間もない頃に配られていたものかもしれない。
消えかけた“待ってる 愛してる”の文を、アクセルは穴が開くほど見つめた。字の所々が滲み、擦れて伸びる跡から、ほんの僅かに匂いを嗅ぎつけた。鼻を近付け、嗅ぐのに集中して、やっと感じられる程度のものだった。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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