5
アクセルは、コヨーテに導かれるがまま森を進んでいた。警官とレンジャーが下る先には、パトカーの匂いが濃くなっていた。
追手を気にしながら、コヨーテに襟首を咥えられたまま動かないステファンに、心配が込み上げる。
「おい、止まれ。止まれって!」
乱暴な搬送に耐え切れず、アクセルは一度ステファンを寝かせた。彼の獣の息遣いには、銃創の痛みが滲んでいる。焦点が合わない様子に、アクセルは居ても立っても居られず、止血箇所を探った。
2人のことも余所に、コヨーテは来た道に眼を細めた。更に陽が落ちた事で、一帯は闇の帳が濃くなった。追手が来るには程遠いと見ると、天を仰ぐと同時に、遠吠えを放った。
“来い。脚が足らん”
何かを求める合図は、何度も繰り返された。コヨーテの被毛が靡くにつれ、雪の様な銀の光の粒が浮遊し、宙に舞い上がる。
光が集まり、薄い銀の膜を成し始めた時。どこからともなく、吠え声が聞こえてきた。中には、虚仮にする様な笑いに聞こえるものもある。
何が起ころうとしているのかと、アクセルが眼を疑っていたその時――その場に風が吹き荒れ、激しい木々の騒めきが起きた。アクセルの身体が瞬く間に冷やされ、感情の昂りが抑えられていく。すると、向かいから何かが迫る気配がし、身構えた。
その時、右大腿を押さえていたステファンの腕が落ちた。音に振り向いたアクセルは、ぐったりと目を閉じてしまった彼を見て、思わず揺さぶった。彼の身体から徐々に銀色が抜け始め、血溜りに溶け出し、元の姿に戻っていく。呼吸が細くなるステファンに、アクセルは何度も呼びかけた。
それに振り向いたコヨーテは、うんざりしながら睨みを利かせる。
『ガタガタぬかすな坊主。そいつぁ死んじゃいねぇ。執着したあまりラリってるだけのこった』
事態を嘲笑う発言を耳にするや否や、アクセルは怒りに眼を光らせた。
「お前っ……その口、大概にしろ! 何を流し込んだか知らねぇが、気は済んだろ!? 俺達の身体を返せ!」
コヨーテは言葉を払う様に身体を振るうと、背筋を伸ばした。アクセルもまた、その視線を追って向かい側に眼を細める。暗闇に幾つもの銀の光の筋が浮かび上がると、触手の様にこちらに伸びてきた。
太い銀の靄は、その場にいた者達を調べる様に一周する。そして、ステファンの身体に忽ち絡みつくと、優しく包んでは、瞬く間に森林を吹き抜けていった。
取り残されたアクセルは愕然としてしまう。しかし、共に残ったコヨーテは悠々と先を進んだ。この場に満ちていた苦痛や血の匂いも、汚れも、まるで何事も無かったかの様に攫われ、静けさに満ちていく。
幻であったのかと錯覚させられそうになるところ、アクセルは身体を見回し、コヨーテを睨んだ。
「おいっ! 訳は後でいいがな、楽な移動方法があんだったら俺も連れてけよ!」
コヨーテは見向きもせず、足を速めていく。
『恨めしいのか羨ましいのかどっちだ、半端モン。あれは、そちらさんで言うところの救急車だ。お前はタクシー代わりにそれを使うかは知らんがな、あまりよろしくねぇぜ』
半端者はどちらだと、アクセルは焦燥に息を荒げる。
「碌な事言えねぇんじゃ、やれるもんもやれねぇな、犬っころ!」
そして鞄を振ってみせた時、場違いな香ばし匂いが鼻腔を擽り、空腹を促してきた。
コヨーテは立ち止まると、その鞄をじっと見つめ、その場に座ってみせた。
何か言いた気である事など、アクセルは分かっている。しかし、こちらが察して応えねばならない事に納得できず、コヨーテを追い越した。
今回の争いの感覚はかなり違っていた。腰の痛みは初め程ではなく、警官達の反発が鮮明に読め、全て躱せた。自分は、確実に歪な存在になってしまっている。景色を歪ませ、ものの動きをスローに見せてくる環境に、酔う事もなくなった。
視界に入る銀髪に、今更ぞっとしてしまう。だが今は、この姿を懸命に隠す必要はないのだと、ほっとしてしまう自分もいる。その感覚がまた肌を粟立たせ、背筋に汗が伝った。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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