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ベルが鳴り、どっと振動が湧き起こる。古い校舎では、生徒の騒ぎがよく響いた。
「最初にしてもらえません? チップは払う」
元生徒のどこまでも淡々とした発言を、教師は鼻で笑い飛ばす。
「再入学希望の書類にしてはシケてるな、ジョーンズ。職場での総合成績とクライアント評価、近頃の君のエッセイを纏めて来い。メンバーの運を恨むんだ」
教師は、締めに、適当なあみだくじが書かれた紙を揺らし、歯を見せた。
それを見せつけられた彼は、溜め息混じりに、デニムジャケットの胸ポケットに札を仕舞う。と、部屋のドアが大きく放たれるや否や、ブルースが目を輝かせながら駆けてきた。
「ジェイソン、お前は英雄だ!」
ドラム越しに肩を握られ、まるで甘噛みされる様な絡み方をされる彼だが、表情は変わらない。
「器物損壊は失格だ、ハワード。近頃の警備員とのデートは格が違うらしいぞ」
ブルースは教師に振り向く。以前に校則違反を犯した生徒は、ボディガード級の体格をした警備員に連れ去られた切りだ。その後どうなったかを想像した途端、ブルースは、そそくさとドアの点検を始める。
スケジュールを控えたバンドが集まってくると、ジェイソンは部屋の端に移動する。彼の姿を見て驚かない生徒はいない。ここの卒業生だったのかという声が後を絶たず、後輩のドラマーが、母校が同じである事にガッツポーズをする。
アクセルが颯爽と合流すると、背が抜きん出ているジェイソンを見つけるなり、ハンドシェイクした。
「何だアックス、お前も寝不足か」
「苦手教師だったんだよ。レッスンは良いんだけど」
ジェイソンは目星がつくと、静かに面白がる。
「舐められでもしたか」
「その前に逃げてきた。ブルースはペンキ塗り?」
ジェイソンは、念入りにドアを調べる彼に流し目を向け、肩を竦める。
アクセルは、何気なく辺りを見回した。物足りない空間に、違和感が膨れ上がる。
「……なぁおい、レイデンは!?」
俺に聞くなと言いた気に、ジェイソンは壁に後頭部を当てて目を瞑る。それを聞きつけたブルースは、目の色を変えると廊下に飛び出し、ベーシストの捜索に出た。
部屋の廊下側や、校舎の外には、インターバルに入る生徒達で群がっている。これから見られるバンドは熱いと評判だ。特に、極端なメンバーが手掛ける曲は――
「へいへいどけどけどけどけ邪魔だ通路塞いでんじゃねぇ主役だ主役」
ふとジェイソンは、鍔の影から、迫り来る低い鈍けた声に目を向ける。
その声を聞きつけたアクセルは、窓の外の知り合いに人探しを依頼するのを止め、振り返りながら安堵した。
「今来たのか? 朝、エントランスにいなかった」
「あ?早過ぎ。1分前行動だ」
どこか頼りない口調のレイデンの、肩まで伸ばしたままのブロンドをした髪型に、視線が集まる。前髪を一纏めに結んで立たせたまま、丸いレンズをしたフリップアップサングラス越しに、首を傾けてアクセルを眺めていた。紫のフーディには、目のやり場に困る露出度の高いモデルのフォトプリントが入っている。ファッションは基本的にラージサイズで、一度膨らませてみたいものだ。
「細けぇ時間管理だな」
横からの重い声に、レイデンが振り向く。と、ワンプッシュでサングラスのレンズを跳ね上げた。2枚が両側の斜め上に弾かれた事で、目元は有名なネズミキャラクターの耳を彷彿とさせる。
「うおおおおマジ!? ダディ、会いたかったぜ!」
大きすぎる絡みは、ゴールデンレトリーバーに等しい。毎日会っているというのに、ジェイソンは、レイデンの話し方にそぐわない腕力に潰されかける。
※高校入学は書類提出式だそう。ジェイソンは社会人なので、教師は職場での評価を求めている設定です。本来なら前学年の成績表と、自分の事をまとめたものなんかも、提出を求められたりするのだとか。
※学校には、問題とされた生徒の対応を、警備員がお相手します。後に何となく醸し出すのですが、日本の学校とは違って、何もかもが担任が受け持つという事はなく、細かく担当の者がいるとされています。授業の妨害になりそうだと目星を付けられた生徒は、警備員か、もしくは校長先生が向き合うとも言われています。
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