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昨夜の雨と草木の匂いに、なにより時間に、香りは拭われてしまっていた。それでも、土や幹のよりも深いところに残っていないかと、ここまで追い求めてきた。
嘗て知っていたであろうこの街は、見れば見るほど未知の世界だった。自然の外に出れば、更なる情報が手に入るに違いない。それは分かっていても、殆ど定かでない、微かに浮かび上がる記憶を頼りに、どこまで進めるのか。ステファンは、何時間もかけて歩き続けた足を、とうとう止めた。
茂みの隙間から見える街の風景に、肌が騒めく。次第に、手掛かりにしていた匂いの記憶が薄れていった。それほどまでに、周りに漂う判別し難い臭いが邪魔をしていた。
ステファンは、くたびれたMISSING PERSONの紙を取り出した。湿った様な跡が点々とあり、皺が寄っている。下のスペースに刻まれた擦れ切った字の香りが、唯一の道標だった。だが、それもこの場の空気に濁されて分からない。
紙の内容は理解できなかった。しかし、写真は自分なのだろうという事は、なんとなく分かる。印字されているものが何を表しているのかを、もっと知りたい。なのに分からない。
どこを辿っても分からないという結果になり、焦燥が込み上げた。紙を千切ってしまいそうになるのを、どうにか抑えられたのは、別の、表現し難い何かがブレーキになってくれたからかもしれない。
そこへ、物音がした。ステファンは茂みから引き下がると、すぐ傍の木の裏に身を潜める。見ると、レンジャーを先頭に、警官が現れた。辺りを綿密に探るレンジャーの手にはライフルが、続く警官は腰の銃をいつでも引けるよう、手を添えている。
「確かに人影だった……あれは動物じゃない……」
「ああそうだろう……だが、噂の様な光は見えなかったが……」
キャンプや猟の立ち入りを禁止している理由から、ここでは常に、警官とレンジャーが巡回していた。
「また浮かれたハンターじゃなきゃいいが……」
レンジャーの声が、身を屈めるステファンの耳を刺激した。
「昨夜もいたんだよ、バカな侵入者が。こんな事態になってもまだ来る、変わり者さ」
警官は眉を寄せると、レンジャーの話に呆れて首を振る。息を殺し、睨みを利かせていたステファンもまた、数メートル先で目の前を通過していく彼等の言葉に、歯を鳴らした。
「少し酔ってた。だから尚の事、調子にのってたんだ。“俺が容疑者を捕まえてやる。このご時世だ、金が必要なんだから、ハンティングは止められるか”って」
それを耳にした警官は、その受け入れ難さを表情に滲ませる。レンジャーによると、その後、その猟師はどうにか引き下がったようだ。だが、去り際に放たれた言葉もまた、溜め息ものだったと言う。
「“俺があの夫を狩って、嫁に突き出してやる。銀のコヨーテがいたならば、剥製にして晒してやる。買いたい者がいりゃぁ、俺は富豪確定だ”とも」
その言葉に、ステファンは木の幹に深い爪痕を刻むと、怒りが胸で爆ぜると同時に銀の眼光を放った。
騒ぎを聞きつけたレンジャーと警官は、唸り声に足を止め、辺りを警戒した。確かに光を見たが、瞬く間だった。奇妙な現象こそまさしく容疑者の仕業かもしれないと、銃を握る手が強まる。そして
「いるのか、ステファン・ラッセル! 大人しく出て来い!」
警官は、辺りの生い茂る木々の1本1本に、隈なく視線を這わせた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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