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上弦の月を示す本章は、引き続き、エネルギーが徐々に高まっていく事を意味します。物事がポジティブに進められるという意味も含まれておりますが、ここから描かれる、アクセルにとってのポジティブとは何なのでしょう。
草木には昨夜の雨粒が残っていた。木々の合間から陽が射していても、冷たすぎる風が土をぬかるませたままにしていた。
自然公園まで来たアクセルは、移動する遠吠えに誘われる様に、奥の森へ駆けていく。
聴覚と嗅覚が研ぎ澄まされ、植物の匂いや動物達の声が、頭の中に満ちていく。遠くからの伝言が、騒ぎの要因を徐々に象っていった。
『おかしな臭いを辿ってる』
聞きつけた1つの遠吠えに、予想が当たったと見たアクセルは、足を止めると、近辺を慌ただしく見回す。他の声を認識できても、肝心なおしゃべりがどこにもおらず、ステファンを追えないでいた。
息を整える内に我に返っていく。本当なら自分の事で精一杯の筈だというのに、気付けばこんなところに来ていた。相手は人の形をしているだけの恐ろしい存在だというのに、すっかり自分の事の様に捉えていた。
家族やメンバーよりも優先してしまう。ステファンが妻に会えるならば、まずはそれでいい。しかし、そのやり方を探るために彼ともう一度会いたかった。ところが、どの動物も朝から彼の姿を見ていない。
狩られるという遠吠えを聞いてから、アクセルは胸騒ぎがしたままだった。1人で見つけるには力が要る。そのつもりで、隈なく周囲を見回していると
『すっかりお仲間気分か、坊主』
アクセルは、頭上を仰いだ。銀の眼光を灯すコヨーテは、木々の影から徐に歯を見せた。
「ステファンの場所を言え」
『狩られるところでも見物してぇのか。そちらにはテレビってのか、スマホがあんだろう。それとも何か? 将来が不安で、ライブで見ておきてぇってところか』
「ああそうだ、随分な訳ありだからな! 銃を向けられて終わりなんて、たまったもんじゃねぇ! どこにいる!」
コヨーテは、光の靄を立てながら着地すると、アクセルを嗅ぎ回る。そして目を大きく見開くと、舌を出して息を荒げた。
『とっととそいつをよこせ!』
コヨーテは嗅ぎつけた鞄に喰らいつこうとすると、アクセルはすぐさま背後にそれを隠し、同じ威嚇の目を向けた。
「連れてけ。それが条件だ」
コヨーテは苛立ちに鼻を鳴らすと、低く唸りながら首を上げた。すると、気乗りしない感情を足に滲ませながら先を進み、振り向いた。
『1つ臭いに酔やぁ、そいつに引っ張られてラリっちまう。それもまたアホな出来だ。人間の特性ってのは抜けきらんようだな』
嘲笑しながら罵るコヨーテに、アクセルは込み上げる怒りに身体が震える。喰いしばる歯は今にも、その悪魔の様な獣に喰らいつきそうになっていた。
それもまた面白がるコヨーテは、アクセルに目を細めると、次第に距離を取っていく。アクセルは怒りをどうにか抑えながら、その後に続いた。身体の熱は、既に全身を巡り始めていた。
コヨーテの足が速まるにつれ、その速度に合わせていく。だが、間の障害物を颯爽と躱し、越えるなどといった技は、並大抵ではない。
「おい、無茶だ! こっちの都合、分かってるくせに!」
『お前が、な』
コヨーテは先の岩に着くと、アクセルを睨む。
『遅い。その有様じゃあ、あいつが殺られる瞬間が見れんぞ』
「黙れ! そうならねぇために行くんだよ!」
怒鳴り声に絡む獣の威嚇は、コヨーテの被毛を逆立て、波打つ銀の輝きを増光させた。コヨーテは岩から飛び降りると、興奮に身を震わせる。
『あいつが死ぬか、生きるか。そいつぁアックス、てめぇ次第だ』
言い終わりが先か――コヨーテは光の尾を引いて駆け出した。
アクセルは、光に目が眩んだ拍子に獣の声が漏れる。そして、そこに1つの明確な想いが宿った。その強い想いは怒りの波に乗り、身体の末端にまで迸ると、体毛を銀に染め上げた。両眼が鋭利に光り放つと、視界が灰色に一変した次の瞬間、遠ざかるコヨーテの脇に寸秒で追いついた。
『勘違いするな。俺は、そいつが欲しいだけだ』
コヨーテはアクセルを導きながら、その鞄に視線を尖らせると、木の枝を悠々と飛び移っていく。
アクセルは、コヨーテの声に連れられるまま、踏みしめるのも躱すのも億劫だった無防備な道を、風の如く擦り抜けていく。カードを切る様に迫る木々など、霧を抜ける感覚だ。気付けば枝を掴み、軽々身を運び、木々の上を渡りながら駆けていた。
コヨーテを追い越し、追い越されてを繰り返す内に、早くも遠くに隣街の灯が見え始めた。
『10分南下した先に硝煙の臭いがする。血の臭いがないとなりゃあ、どちらも躱した』
コヨーテは行き先に眼を光らせたまま、更に脚を速めた。アクセルは急かされる中、まだ遠くにいると分かりながらも、ステファンを探してしまう。ホリー以外の誰かと接触させる訳にはいかない。容疑者とされている今、出方次第では――想像した途端、アクセルは堪らず、悲鳴交じりの吠え声を上げた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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