23
ジェイソンは、バチを握りかけて手が止まった。ここ連日、家でも叩く気になれなかった。2人に、身も蓋もない発言をした自分を睨んでいた。
どのジャンルでも勝負ができるよう鍛えてきた。アクセルやブルースに、世界に連れて行けとは言うものの、自分が導きたくてならず、暇さえあればヒットのパターンの勉強ばかりしてきた。なのに、昨夜はその気力すら削がれていた。
力の入れ処が本当にここでいいのかと、スネアに寝転がるバチに問われている気がした。滑り止めのテープがよれているのを見て、手に微かに付着した粘着を何度も指先で拭った。すると、ある言葉が浮かんだ。
“先を気にするのも大事だが、今この瞬間も見て、感じて、しっかり捌け。目の前のものを満たして、自分も満たされろ”
早くに世を去った師匠のそれに、自ずと顔が上った。そして、自主練習するレイデンから、スタジオのドアに目を向けると――そこを勢いよく放って戻って来たブルースに、2人は飛び上がった。
「やるぞ! ここは、俺等は、何があろうとあいつの居場所だ!」
彼が気を取り直したのは何よりだが、2人は、その涙目と痺れた嗄れ声に、顔を歪めずにはいられなかった。
「おいブルース、止めとけ。お前がアイスのせいでブチ込まれたら、俺が最高に磨き上げた院がオワっちまうだろうが」
騒がしい2人に、ジェイソンは静かに笑みを浮かべる。そして、全員が持ち直したと見たところで、颯爽とバチを掴んだ。
*
バスの揺れは、レイラの声を身体に行き渡らせてくれた。もし、この感覚すらも失ってしまうのだとすれば。それを考えた途端、アクセルは、カウンセラーの言葉が鮮明である内にと、スマートフォンにメモ書きで言葉を残した。だが、度々この様に機器を扱えるとも思えなかった。
バスを降りると、早足になる。どうにか不安を無視し、未来に備える事を意識し続けた。
家に着くなり、庭にいた母が目に飛び込んだ。母は息子が帰宅するなり、ハグで出迎えた。長女から連絡が入ったと思いきや、カウンセリングに行くだの登校するだの、平気であちこちに行ってしまうものだから、心が落ち着かなかった。
「これから病気になったら貼り付けね。あんたが起こしたいパンデミックは、こういう事じゃないはずでしょ」
「悪かったよ。それよりごめん、忙しいんだ。やる事が山積みなんだ。消えちゃう前にやらないと……」
アクセルは母から離れると、部屋に急いだ。
「そんなにあるんなら、むしろ消えちゃう方が好都合じゃなくって?」
母が揶揄っても、アクセルは目も合わせられないまま、ただ肩越しに首を振った。
※アイス=覚せい剤です。形状が氷粒の様だから、その様な隠語になってます。他にもスピードと呼び、その頭文字の「S」とされていたりも。
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サスペンスダークファンタジー
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