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ブルースは、カウンターで2杯目の水を一気に飲み干した。それでもまだ、どこか火が点いた様になっていた。
4人でいるバンドが恋しかった。自分達から友達を遠ざけるものが何かを考えるにつれ、不安が膨らんでいく。変わり始めている友達は、以前の様に心地よくいられる頃には戻れないのか。共に同じ未来に進んで行く事は、できなくなるのだろうか。
親の次に最もギターを褒め、虜になってくれた友達と、どこまでも突き進みたい。時を重ねる毎に想いが深いものになっていった彼と、後の2人と共に、新しいウェーブを立てたい。そして、世間を脅かすものをサウンドで吞み込んでやる。あわよくば、爪や牙を光らせてしまうもの達をも巻き込み、楽しませる事ができればいいのに。と、夢ばかりと睨み合ってきた。
店番をするマスターの奥さんが、緩やかにカウンターに出てくると、浮かない顔をするブルースを覗き込む。
「いつもツナみたいなあんたが、今日はサーモンかい」
「“……何ゆーてんねん”」
奥さんは、ブルースの理解不能な発言に、表情1つ変えず続ける。
「何か生もうとして、ここに逆流してきてるんでしょ? いつもなら驚異の泳ぎばっかなのに、珍しいもんね」
「“いや、分かりにくいわ!” ママ、俺は今、自分の空気の入れ替えをしてんだ……アックスの調子上げるのにてこずってる……」
「なら、アトランティックサーモンってところね。友達のためにそんな顔になって、喉を干上がらせてまで打ち込んで。友情のクオリティが高い。私みたいに脂がのってるわ」
調子を狂わされたブルースは、不意に手元に出されたゴールドの炭酸飲料に、目を瞬く。
「新商品サービスしたげるから、あんたはブルーフィンツナらしく、熱い愛情でブチかましちゃいなさい。悩むなんて似合わないわ」
自分達のこれまでを、マスターと同じくらい知ってくれている彼女は、歯を光らせる。まるで、結果がどうなるかはお見通しだと言いた気だ。
ここに来れば、また別の家族がいる様に感じられる。ブルースは、何をアドバイスされた訳でもないが、可笑しな事を言われて背中を擽られた事が、少し嬉しかった。
奥さんの言う通りだった。ジェイソンやアクセルと違い、賢い考え方ができない。レイデンの様に、そんなに勘も鋭くない。自分はいつだって、突発的に思った事を吐き出してしまう。今も、独り飛び出して来た訳だが、ここでこうしているよりも、きっと別の方法がある。それこそ、驚異的に動きを見せる――速やかに行動に移すというやり方が。
ブルースは礼を言うと、仄かなジンジャーの香りがする新商品を、一気に流し込んだ。その途端、激しく咽せては、悲鳴を上げた。喉に電気が流れる感覚は、唐辛子を擦り込んだというのに近い。ブルースは涙目のまま、尻尾を巻いてスタジオへ逃げた。
「……可哀そうに。奥さん、一体何したの?」
端に腰掛けていた客が、苦笑しながら訊ねる。
「強炭酸のスパイシーレモンジンジャー。唐辛子フレーバーを少し入れただけなのに、あんなにイっちゃうとはね」
※ツナ=マグロ
※アトランティックサーモン=大西洋鮭
※ブルーフィンツナ=クロマグロ
※スパイシーレモンジンジャーは、レモンの香りと、シナモンや胡椒などといったスパイスに、ジンジャフレーバーをブレンドさせた炭酸飲料です。ジンジャーシロップを作り、それを水や炭酸で割る事で、ジンジャーエールなどが楽しめます。特に大人は、辛味欲しさにシロップに唐辛子を混ぜる事も。
今はあるのかどうか……アサヒ飲料のウィルキンソン炭酸であるみたいです。唐辛子などは入ってません。
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サスペンスダークファンタジー
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