20
歪な熱が、身体だけでなく記憶も侵食してくる。これ以上、レイラやメンバーの近くにいては、お互いに苦しいのかもしれない。そんな負の連鎖に陥りそうになるところ、アクセルはレイラに呼ばれた。
「バカね、貴方がこんな事を忘れるなんて有り得る!? ……ああ違う、違うわね……忘れたって、別に平気なのよ」
穏やかになっていく彼女の言葉に、アクセルは、不思議に首を傾げる。
「嫌なのは分かってる。でも、もし忘れてしまったとしても、私達が必ず思い出させる。だから、貴方は忘れてしまう自分のままいても、独りなんかじゃない。貴方がそのままでも、私は変わらない。きっと、皆だって……」
彼女の声は特別だった。胸の中で、どんなに苦痛の渦が巻き起ころうとも、真っ直ぐ貫いてくる。伸びやかな声には、他の記憶までもが絡みついていた。退院の際に出会った紳士の言葉や、カウンセラーの言葉、冷静なジェイソンの言葉に、歩調を合わせてくれるレイデンとブルースの言葉。そして、この瞬間まで遠ざかっていたステファンの影が浮かんだと同時に、彼と自分の違いを見出した。
彼女の声が、導く様に、灯を照らす様に、自分を振り向かせてくれる。アクセルは思うと、息を吐き、肩を撫で下ろしながら、レイラの耳元に顔を寄せた。
「また、歌うから……」
その呟きから、レイラは彼の不安を感じ取る。だが、それでも変わらず、優しい声を意識している事も。その気持ちに引き寄せられる様に、彼の肩にそっと顎を乗せた時、堪えていた1雫が零れた。
*
片やブルースは、車を停め、ライブハウスの裏側のエントランスから入った。ジェイソンとレイデンがいるスタジオまで来ると、苛立ちのあまりドアノブに力が入った。
乱暴に入室した先で、2人が驚いた顔を向けていた。そこにはまた、アクセルがいない。ただの不在ではないという空気を、どうしてよいか分からなかった。
ステージはどうなるのか。口にしても、態度に出しても、どうにもならない事と知りながら、物に当たってしまう。
本人の身に何が起きているのかを、何となく想像していながら、行動に移せないでいる。それにもまた、むしゃくしゃしてしまう。
まるで子どもではないかと、ブルースは自分に呆れて笑うと、2人に小さく謝った。
皆が同じ想いでいる。同じ質を保とうとしている。同じパワーを出そうとしている。それらを1つ1つ認識していく間は、ギターに触れられなかった。
一度気が乱れれば、演奏に支障が出る。何が世界だと、自分を蹴り飛ばしたくなる。踏みつけ、捻じり倒し、甘ったれるなと殴ってやりたくなる。
その様子を側で眺めていたレイデンは、髪を毟りかけるブルースの手を、静かに払った。
ブルースは、顔を見せるまいと、ソファーで深々と項垂れる。そして、やっと言葉が溢れた。
「本当は、こんな事してる場合じゃねぇんだろ……こんな暇があんなら、俺達があいつを連れてかねぇといけねぇんだろっ……」
「……にしても、先に歌わせた方がいい」
言い分を理解するジェイソンが遮ると、ブルースは引き攣った顔を上げた。
「嗅ぎつけられるのも時間の問題だっ……今日、あいつ学校で絡まれた。周りは変に漁って、思った事をアレコレ引っ付けて突き付けてくんだよっ……」
ブルースの焦りに、ジェイソンが気になって目を尖らせた時。レイデンが、キャスター付きの椅子で2人に近付いた。
「んなもん、俺に任しとけブルース。虫けらの掃除は得意だ」
ところがその発言は、ブルースにとって、とてつもなく呑気に思えてならなかった。
「喜べっか! 頼むからお前は、自分の事をいい加減大事にしろっ!」
そうかっかするなと言いた気に、レイデンは、ふらふらと彼の言葉を煽いだ。気持ちを理解できない訳ではなかった。しかしどうしても、いざこざは自分の出る幕だと思ってきた。喧嘩は山ほど経験し、相手の分析こそ、自分が一番早くできてしまうのだから。
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サスペンスダークファンタジー
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