18
「十分だろ。お前ぇが弾き語りした方がいいところぐれぇは」
レイデンはブルースに言いながら、目を丸くするレイラにウィンクする。
「俺をパスしてねぇのに?」
悪戯に笑うブルースは、バックミラー越しに、どうしたいのかと、目だけでアクセルに訊ねる。
しかしアクセルは、そんなものが欲しいのではないと、つい、顔が強張ってしまう。何故、自分が弾き語りをする話になってしまうのか、一向に分からなかった。腕組みを解き、足の間に挟んだ両手に力が入っていく。
「……ひょっとして、前に歌ってたムードある曲の事? ハーベストムーンとか言ってた?」
レイラが思い出した途端、前の2人が声を上げた。そして、歌ったのかと、アクセルに喰いつく。
この時アクセルは、頭の中で2人の声がハウリングしていた。そこに、レイラが口にしたワードが共鳴する。大きな引き出しの壁が倒された様に、失われていたメロディと歌詞が溢れ出した。
目を見開いたアクセルは、曲を見つけ出せた嬉しさに声が出そうになるところ、口を覆って咳ばらいをした。危うく獣の声が出そうになった。だが、気持ちは、水中からやっと顔を出せた時の様だった。
「そう、それ。それだけど……いや、まだ歌えないな!」
隣に誰かさんがいるのだからと、アクセルは笑いながら、バラードをお預けの方向に持って行く。だが
「汗だくじゃねぇかよ……アックス、止めとけ……」
その声に、アクセルはうっかり顔を向けてしまう。いつからか、レイデンの目は鋭くなっていた。そこにいつもの揶揄いはなく、演奏する時のものでもない。彼に本来ある、警戒による観察眼だった。
ブルースは、一度ライブハウスの近くで車を止め、アクセルを振り返った。彼もまた、汗を流す友人に違和感を覚えた。
アクセルは、集まる視線が痛く、苦し過ぎるあまり、車から飛び出した。そのまま、入り口まで逃げる様に駆けるのだが、透かさず降りたレイラに呼ばれ、手を掴まれた。
「ねぇ、まだ土曜日まで時間はある。詰め込むのは、今日じゃなくてもいいんじゃない? きっと朝の移動で疲れてるんだわ」
2人の様子を、ブルースは窓から、レイデンは助手席から降りたところで見ていた。
「駄目だ。このまま歌わないでいると、本当に分からなくなる。そんなの耐えられるかっ……」
彼の焦りを耳にする内に、レイラの顔に苛立ちが滲みだす。
「その、分からなくなるって、忘れるかもしれないって話の事? それなら今朝、貴方がクローディア先生に話してる時から、ずっと気になってる。貴方はもっと説明するべきでしょ? なのに、どうしてそうなるの?」
最後は感情的になってしまった。そんなレイラを抑えに、偶然、ジェイソンの手が彼女の肩に触れた。彼は、店内のエントランス付近で待っており、メンバーから異変を嗅ぎつけていた。
「中で話したらどうだ」
アクセルは首だけで否定する。するとレイラは、更に問い詰めようと彼の両腕を取った。しかし目を逸らされ、その腕は怯える様に離れてしまう。
「君の言う通りかも……今日は、やめた方がいい……」
アクセルの悔いと寂しさに満ちた言葉に、レイラは呆然とする。彼の顔色の変わりようは異常だった。車内にいた時よりも青褪め、別人だった。相変わらず目を合わせようとせず、その場から徐々に引き下がり始めた。それこそ、忘れようとされている様にも思え、レイラは、無力感に心を縛られていった。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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