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午後の授業も、アクセルは、どこか視線を感じながら過ごす羽目になったが、騒がれる事はなかった。それでも、くだらない絡みをされてから、緊張と不安が拭えないでいる。レイラやメンバーと話す間は気にならないが、独りになると、それまでとは比較にならない不安が込み上げた。朝と同じ熱っぽさや倦怠感が、ことごとく私生活の邪魔をしてきた。
そしてどうにか乗りきり、エントランスを出た先で3人と合流した。レイラと車移動なんて久しぶりだと、4人で騒ぐのも新鮮だった。こんな時は決まって、レイデンが率先して助手席を取る。
「さっき進路担当にボロカス言われたぜ。俺には清掃員は向いてねぇって。確かに、あの水の撒き方は悪かったが」
レイデンは言いながら、シートを一気に倒し、後ろのアクセルの邪魔をする。
「“ちょ、ええって本間、止めろや!”」
アクセルが反撃するよりも先に、ブルースのお決まりの怒号が飛んだ。しかし、相変わらずなけなしに終わる。
「綺麗好きなのに? 院を新築レベルにして、汚さないように規制が更に厳しくなったって聞いたから、母さんが、来てもらいたいくらいだって。うちは暴れん坊がいるから、片付けても追いつかないの」
レイラの発言に、レイデンは顔をぱっと輝かせると、お安い御用だと得意気に親指を立てる。そして、彼がシートに腹這いになった事で激しい軋み音が上がると、ブルースはその尻を殴った。しかし、それにうんともすんとも言わないまま、レイデンはアクセルに訊ねる。
「真面目な話、お前、今日どんだけ声出せんだ。昼間と顔色変わんねぇぞ」
その声に、ブルースはバックミラー越しにアクセルを見て、言った。
「バラードとコピーを詰めるだけでいいだろ。暴れるのはなしだ」
それを聞いたレイラがブルースを見ると、アクセルの横顔を覗う。そこには不安が滲んでいた。すぐに返事をしようとしない彼は、何か言葉を選んでいるのが露骨で、眉を顰めた。
「あー……そうだな、それが助かるな!」
アクセルはシートに大きく凭れ、少しでもレイデンから距離を取ると、窓の外に顔を背けた。腕組みした指先は震えていた。目も揺れ、視界は上下に振られている様で、気分はますます悪くなる。目を閉じてみても、足先の震えが黙ってはいない。なので、敢えて曲を思い出してリズムを取っている様に見せかける。彼等の言っている曲の事が、何の事かが分からなかった。
思い出せ。容赦なく起こる症状に困惑しながらも、意識した。思い出せる筈だと、忙しなく脳内の引き出しを漁っていく。作詞をして歌う事、ライブをする事は分かっている。肝心な音と言葉が見当たらない不安は、いよいよ、胸の奥で熱いものに変わっていく。探せない苛立ちが沸々と込み上げてくると、焦りに口を開いた。
「歌える……ちゃんと……」
喉を鞭打った拍子に、それは零れた。何かを言わねば皆が心配してしまう。本当はもっと笑って、自然を装いたいところだ。ところが顔を向けられず、震えを隠そうと唇を強く結び、曲の事で何かを考えている振りをした。
「そうだ、まだどこか変えた方がいいか?」
どこでもいい。誰かがどこかのパートを歌いさえすれば、それが蔓になって引き出せるかもしれないと、アクセルはそっと、前の2人を見た。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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