14
アクセルは、冴えない頭に計算が山積みになり、余計に疲れてしまった。数学は苦手で、1コマ目にならないように避けているほどだ。
クラスが終わり、見るだけで億劫になる教科書をロッカーに仕舞うと、母へ連絡し忘れていた事を思い出し、慌ててメッセージ画面を開いた。レイラとカウンセリングに行く事までは伝えており、今は学校にいると、短い文を送信した。
その時――ロッカーが激しく閉まった。アクセルは、不意に飛び込んだ大柄な手を見た後、視線を上にやる。そこには、いやらしい眼差しでこちらを見下ろしてくる生徒がいた。
「ようアクセルの坊や。すこぶる調子がヨかったのか? 女と遅れて通学とは、随分偉ぇバンドになったんだな」
その科学のクラスメートは、嫌な意味で有名だ。厄介な者に遅刻したところを見られた上に、絡まれ、アクセルは溜め息を吐く。
「いるかどうかも分からねぇ女は、ドんなもんよ?」
「お前には一生かかっても分からねぇもんだよ。どけよ、半端モンが」
相手もまた、バンドを組んでいた。その絡み方は、アクセル達をひがんでいるのがみえみえだった。
「人の客取る奴の口はでけぇもんだな。どの女とヤるかの厳選に苦労して遅刻するとは、羨ましいぜ。だがある程度は絞った方がいいんじゃねぇのか? お相手はここにもいるぞ?」
視界の下から引き上げられたのは、首根っこから掴まれた、あの野良猫だ。
『こいつをどうにかしろ、ご新規っ……千切れちまうっ……』
アクセルは、その声を聞きつけた途端、脳内の何かが音を立てた。スイッチが切り替わる様なそれは、次第に、胸の奥から熱を湧き起こす。目は痙攣しはじめ、眼差しが変わっていく。
「……放せ。痛がってる」
荒ぶる感情を必死に抑えながら、アクセルは告げた。ところがクラスメートは、それを笑い飛ばす。その声に層が増していくのを感じ、アクセルは、何事かと周囲を見た。そこには大量のレンズがあり、通りすがりの生徒達が、この状況を笑いながらネタにしていた。
「あ? 俺には、自分で歩くのが省けて、精々してるみてぇだが?」
『爪、爪っ……爪が食い込んでヤベェっ……』
野良猫は、不器用に手足で抗う。そうする事で余計に痛みが走るのだと、苦しみ紛れにアクセルに訴える。
「放せって言ってるのが聞こえねぇのか。耳がイかれてんなら、尚の事バンドに向いてねぇな」
「トップ気取りも大概にしとけ。俺は、お前に触れられる女が気の毒だから、教えてやってんだ。可哀そうだろう? お前が相手にしたら、みんな狂犬病だぜ!」
クラスメートは言いながら、野良猫を大きく振り払うと、痛みの悲鳴が上がった。野良猫が逃げた痕を見ると、掴まれていた力の強さがいかなるものかが、床に落ちた細い血痕でよく分かる。
アクセルは眼振が起こり、視界が点滅しはじめた。クラスメートからの、例え難い不快な異臭に刺激され、歯が鳴ってしまう。
「虐待だぞっ……」
身体の異変は意識できていた。ここで抑えられなければと、アクセルは拳を握り、最低限の発言に留めていく。
「はんっ! たかが動物。たかが野良猫だ。怪我の1つや2つ、し慣れてんだろ。いちいち可哀そうな面さらしてんじゃねぇ。な? お前が引っ掛ける相手は人間じゃなく、動物サマにしとけって話だ!」
周りの生徒達の中からは、その辺にしておけと宥める声もする。しかし彼等の殆どは、再び生き物の声を認識するアクセルが興味深く、他にも何か連れて来いと煽る声もした。また、記者になったつもりの生徒が現れ、記事を書かせろなどと興奮して近付いてくる。学校のホームページで生徒の紹介枠に載せたいなどと言い、目を輝かせていた。これにもまた、笑いの渦が立ち込めていく。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非