13
バスに乗ってからも、アクセルはカウンセラーの名刺をポケットの中で掴んだまま、貰った言葉の数々を思い返していた。
険しい顔を窓に向けながら、独りの世界に入っていく。そんなアクセルを、レイラは見守っていた。頭には、彼が怯えながら不安を口にしていた様子が焼きついており、今もその時の震えが微かに手に現れていた。
「アックス……」
呼びかけるつもりなどなかったのに、つい、彼を振り向かせてしまった。
アクセルは咄嗟に謝ると、慌ただしく笑みを浮かべる。レイラは、彼に何か考えがあるならば協力したかった。しかし、その様子はバンド活動の際の集中力にも似ており、自分が入る余地など無い様にも感じてしまった。
「次で降りるわ。学校、行こうと思うの……」
「俺も行く」
レイラはアクセルに大きく向き直る。今や彼は、外を眺めていた時とは違い、前向きな様子に見えた。
「週末はライブだ。休んでいられない。テストも近いし」
日常的な会話のペースを取り戻したアクセルに、レイラは口元が緩む。すると、手の甲に彼の温もりを感じ、再び心地よさが戻った。
アクセルは、このままサボってどこかへ行ってしまいたくなるのを堪える。だんだん、言葉にならない本心がレイラの指先に流れていく様で、その細い手に自分の指を絡めた。そのまま、彼女が設けてくれた機会に感謝を伝えようと口を開きかけた時には、いつもよりも近くに、その優しい瞳があった。
それに吸い込まれそうになるのも束の間、バスが止まり、周囲が立ち上がった。2人もまた慌ただしく、彼等に続く。他人の視界に、先程までの自分達の姿が入ると思うと、身体が勝手に動いていた。
ベルが3コマ目の終わりを告げていた。2人は、あたかも初めから学校にいたかの様に、教室から出てくる生徒達の波に紛れていく。互いのロッカーが遠いのが惜しいが、仕方がなかった。2人はそのまま忙しなく別れ、ランチになるまで会うのはお預けになった。
アクセルは、代数の教科書を片手に教室に入ると、後方の角の席に、見るからに元気がない彼がいた。
「よう、心配かけたな」
「はあ!?」
飛び上がるブルースの両耳から、ワイヤレスイヤホンが飛んだ。アクセルは笑いながら、それらを拾ってやる。周囲は、ブルースの尖ったシャウトに怪訝な顔を向けていた。
「おいおい、道をお間違えだ。ここは病院じゃねぇ。頭痛が悪化すんぞ」
「良薬でこの通りだよ。落第しちゃ、世界行きに遅れちまう」
アクセルの顔色はいい方だが、本調子ではない事など、ブルースはお見通しだった。調子がいいと、声のトーンからして違う。アクセルの喉はまだ干からびている様で、目元には疲れも薄っすらと刻まれていた。
「気張んじゃねぇ。コンディションが優先だし……」
とは言うブルースだが、それは彼らしくないとアクセルは感じた。目を逸らして静かになる様子からして、きっと誰かさんに釘を打たれているのだろうと思った。
「止めろよ。現実的な話はジェイソンから聞く。お前には、こんな時でも火になっててもらわねぇと困るよ」
「ほう? なら放課後は全開でいけ。昨夜の分も合わせてだ」
「それは無理。コンディションが優先だ。気張る訳にはいかない」
ブルースは透かさず、丸めたノートでアクセルを引っ叩いた。本当のところ、アクセルに聞きたい事は山ほどある。しかしまずは、やっと日常が訪れた嬉しさを出したくなった。2人は、教師が現れて周囲に白い目を向けられていようとも、暫く笑いが止まらなかった。
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サスペンスダークファンタジー
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