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「だけど、それでも立っていられるのは、理解者が触れ合える距離にいるから。それが、どんな薬よりも効果的なんだという事を教えてくれたのは、歪んでしまった友達」
その理解者と出会えるかどうかもまた、分からない。その様な人が、当たり前の様に傍にいるとは限らない。だからこそ、誰かと出会い、分かり合えた瞬間は奇跡なのだ。カウンセラーがこの事に辿り着けたのは、この歳まで諦めずに考え続けられたからだった。
「命は尽きてしまう。でも、生き様は永遠に遺る。だから今度は、私が薬になり、人が生きた証を遺すの」
カウンセラーは、緩やかにこちらを振り向く。その、辛い過去を滲ませた眼差しは、現在を勇ましく踏みしめている事もまた、物語っていた。
アクセルはこの時、心に残った言葉を借りながら、自分の未来を声にする。
「……俺も、誰かの薬になりたいよ」
震えに邪魔されながら絞り出した言葉は、心からの願いだった。
カウンセラーは微笑むと、再び腰掛けては、弾みで目標に駆け出しそうなアクセルに告げる。
「大事なのは、慎重になる事。そして、自分を受け入れ、認める事よ。苦しみや不安を取り除くといったメンテナンスは、場合によっては必要。だけど、あらゆる事が気になってしまう自分の人間性……つまり、個性と呼べるものまでもメンテナンスしようとしない事。今の貴方や、その在り方を、傍で見て支えようとする人もいる。その人達を頼ってもいいの」
カウンセラーは言うと、レイラにウィンクした。
「後、今の状況から回復を目指す際にも、気をつける事。心の状態は、スキューバダイビングをする時と少し似てるの。長い間潜り続けていたところ、急に水面の外に出たら、減圧症という、血液が酸素の供給を妨げてしまう症状が起こる。だからその前に、安全停止といって、水面から16ftほどの位置で止まる必要がある。バスケットゴールよりも、もう少し高いくらいの距離ね。そうする事で、体内に溜まった窒素を減らし、血管の詰まりの予防をする」
彼女の不思議な角度からの心理学の解説に、2人は小さな子どもの様に目を瞬く。
「サイコロジーも同じなの。長期間、同じ心の状態が続いていたところから、急にこれまでとは違う環境に飛び出していったとしたら? 精神的な不安を抱えている人にとって、それは、減圧症になりにいくのと同じ事。多くの情報が急激に脳を刺激し、心が混乱して、パニックになる。だから、慎重に水面の外に……つまり、出て行きたい世界に、近づいていく必要があるの。身体をその世界に慣らしていく感じで、1歩ずつね」
カウンセラーは、顔の緊張が解れたアクセルが頷くのを見て、最後に付け足した。
「貴方の事を、忘れる人なんていやしない。仮にもし、貴方が忘れてしまおうともね。自分の周りにいる人達の写真や、アルバムを見ながら、自分にはこの人達がいるんだという事を、ゆっくりと意識してみるのもいいわ。それこそ、歌う時の様に」
アクセルは、繋いだままのレイラの手を握ると、カウンセラーをじっと見つめた。
全身に犇めく迷いと不安が解消された訳ではない。だが彼女からは、カウンセラーとして、そして1人の苦しみの経験者としての意思を強く感じた。それこそ、書き留めておきたくなるほどに。
レイラは、アクセルの握り返す強さから、彼の顔に滲む決意の様なものに、首を傾げる。この時間をこれで終わらせようとしているのが分かった途端、本当にそれでよいのだろうかと、鼓動が速まった。
※サイコロジー=心理学
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