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「どんな人にも、心の不安を抱く事はある。恥ずかしがる必要なんて、本当はない。でも皆、不安になるという事がどんな感覚なのかを知っていながら、やっぱり恥ずかしいと思ってしまう。だから軽い気持ちで、不安だよねって笑い合ったり、大した事ないよねって、誤魔化してしまう。だけどアクセル、貴方が今感じているものはもう、そうやって誤魔化せるものではなくなってしまった。身体の方からサインを出してくるものでしょう」
カウンセラーは、アクセルの手元や、落ち着きなく前後する足元を見て、続ける。
「その日限りのものではない、もっと継続的なもの。何かを境に、笑って流せる領域を越えてしまった。それは、これまでの日常とはまるで違う、苦しいものだと思う」
アクセルは小さく頷きながら、自分自身の生活と、カウンセラーの言葉を重ねていく。
「その苦しみや不安が、家族や友達といった身近な人、普段過ごす環境に影響を及ぼすのではないか。或いは、そうなったらどうしようかと怖くなる。だからそうならないように、最善を尽くそうと無理してしまう。その結果、身体が緊張状態に陥っていく」
アクセルは話を聞きながら、時折、レイラの横顔を見る。同じ真剣な眼差しで、自分の事の様に耳を傾ける彼女を、自然と求めていた。
「抱いている不安の感覚を、他者に分かりやすく伝えるのは難しいものよ。けど、例えばこうして、私の様な専門家に打ち明ける事はいい。そしてもう1つ、彼女も、貴方にとっていい薬になってくれそうね」
アクセルがレイラを横目に見る動作から、カウンセラーは優しく推奨した。
「心の散らかりを整理するやり方の1つに、文字に書き出す方法がある。貴方の場合は作詞をするから、近いものがあると思う。でも、その場合は決まった尺の中でやるわよね。想いを書き出すという方法は、それを気にしなくていい。ノートや紙、タイピングなんかで、ひたすら自分の胸の内を書き綴って、吐き出し、まずは発散をする。すると、考えている事を客観的に見る環境ができて、考え直したり、思い出したりする事にも繋がるわ」
書き出すという言葉に、アクセルは目を見開いていく。私生活の中で閃いた歌詞を、後で使えるかもしれないと書き残しておく事と、何ら変わらない様に思えた。それが、先々で上手く働くのであればと、次第に可能性が広がっていく。
緊張した時間を解そうと、カウンセラーは一度立ち上がり、窓を向いた。
アクセルとレイラは、互いを見合う。自然と気持ちを寄せ合っているからこそ、似た様な心配事が生まれた。
この先、彼についていられるかどうか。
この先、彼女に揺さぶってもらえるかどうか。
互いに足枷になってしまわないかと、胸の中で渦巻いた。
「……ご存知の通り、私は昔、大きな過ちを犯した。未だに騒がれるのよ」
背を向けたまま話し始めたカウンセラーに、2人はそっと振り向くと、静かに聞き入った。
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サスペンスダークファンタジー
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