10
レイラの掻い摘んだ説明は、今朝、彼女がアクセルに対して受けた印象だけだった。他に知っている事がありながらも、彼女は気遣い、アクセル自身が話しやすくなるようにと、その場を整えていく。アクセルはその優しさを受けて安心するにつれ、記憶の引き出しが開いていった。
カウンセラーはレイラの話に頷くと、アクセルに向き直る。
「貴方にとって、私の事が少しでもプラスに働いたなら、それ以上の幸せはないわ。是非、貴方が望むなら、この先も歌ってもらいたいと思う。そうね、近頃は、どんな事を感じながら生きてる?」
カウンセラーは訊ねながら、アクセルの顔色や目の動き、手元の不安定さを視ていった。
「忘れてしまうんじゃないか……そして、忘れられるんじゃないかとも……」
アクセルは、カウンセラーの顔を見られず、視線が彷徨う。再び、ステファンの影に自分が重なっていく光景が見え、怖かった。
「普段の生活を送れなくなる様な気がする……当たり前にできていた事を忘れて……帰る場所も、きっと……」
声にしていく内に、足元が冷え、震えが込み上げた。それを見られたくないのと、顔が崩れかけるところを覆い隠したいのとで、葛藤が生まれる。
「だからせめて、匂いとか音でも……感触だけでも、身体のどこかに置いておくには、どうすればいいかって……そんな事ばっかだよ……」
レイラは耳を疑った。本題に入った途端、まるで豹変した様子を見せるアクセルに見入ってしまう。視線に気付いているだろうが、今は、彼が話し終えるまでは触れないでおこうと、顔を足元に逸らした。バスで握り合った温もりが恋しく、それ欲しさに手が震える。擦れてしまった彼の声に、目元が熱くなる。そこへ、やっと、自分が同席していてよいのだろうかと、椅子ごと大きく下がってしまった。
軋み音が響き、カウンセラーはレイラを見た。その途端、アクセルは、次を話すよりも、カウンセラーが口を開くよりも先に、レイラの手を取った。
「いてくれ……」
彼女の事だから、離席しようとしたのだろう。そう察したアクセルは、その一言に加え、懇願の眼差しを向けた。ただ傍にいて貰いたいのではない。彼女がここにいるから、話す際に頭を働かせていられる。そんな気がした。
「心が散らかって、どうしようもない……さっきも歩いていて、見られたんじゃないかって……別に誰も俺を見てないのに……それは身体がどこかおかしいからなのかって、やたらに手や髪を触ったり、ガラスなんかで見て確かめてしまう……先行きが、どうしようもなく不安になるんだ……でもそんなの、誰にでもあって、皆同じ事なのに……言ってて恥ずかしいよ……」
アクセルの声が止まり、部屋が暫しの間で埋め尽くされた後。カウンセラーは、そっと切り出した。
「まずは、よく勇気を出してここに来てくれたわ。対面は、時に恐れるものだけど、貴方はそれを乗り越えられた」
少し前の会話とは、声のトーンが違っている。カウンセラーの発言は聞きやすく、アクセルは、自然と顔が上がる。何も恐れる必要はない。そんな空気を、カウンセラーは言葉以外の力で生み出してくれた。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非