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親しみやすいカウンセラーは、フロアの最も奥の、ゆったりした広い部屋に2人を迎えた。大きな窓が設けられたそこは明るく、木製の丸いテーブルと、身体を包む様な圧迫感のない椅子が、アットホーム感を出している。移動が多い彼女は、最低限の物しか部屋には置いておらず、装飾は、テーブルの上にある小さな花束だけだった。
アクセルは、小さなバスケットに入ったそれを見て、不思議な香りに首を傾げる。特定できない匂いは、花の香りもするが、もっと何か、花らしくない薬品の様な匂いが混ざっていた。
カウンセラーは、カッターシャツとグレーのニットベストの姿になると、2人の前にそっと座り、手を差し出した。
「ターシャ・クローディア。貴方は?」
「……アクセル」
いつも気さくに手を交わしてきた。だが、やっと出た右手はテーブルの縁を掴むだけで、それ以上前には出てくれなかった。
「気にしないで。会えて良かったわ、明日なら画面越しだった」
定期的に訪問している施設もあるのだと、カウンセラーは、簡単に自分の話をしていく。レイラは合間で、無理に引き留めた事を謝罪するのだが、カウンセラーは明るく、気にも留めていない様子を見せた。
片やアクセルは、名乗られた瞬間に思い出した事を辿っていた。
「……もしかして、犯罪とか、警察とも関わりがある?」
訊ねながら目が痙攣すると、強く瞬きしては、再び自然を装う。
カウンセラーの目からは、僅かに笑みが消えるも、姿勢を変えず、穏やかにアクセルと向き合った。
「被害者や加害者とも、話しをする事があるわ。近頃は、トラウマや不安障害を持つ人のケアに協力している事が多いけど」
彼女は、10年以上前に大きな話題になった誘拐の被害者だ。そこからの脱出を試みるあまり、火災を引き起こした事でも話題になった。当時の世論は様々で、中には、彼女が集団容疑者を逃亡させるキッカケを作ったとされている。よって、彼女にも容疑があるのではないのかと注目を浴びていた。
アクセルは、自分の身に起きた全てを語れないと、瞬時に察した。レイラは何もかもを打ち明ける事を望んでいるだろうが、それを口にせず、自分に委ねてくれていると直感できる。彼女は急かす事も、触れてくる事もせず、ただテーブルに視線を落としていた。
「早速だけどアクセル、音や匂いは、結構気になるかしら? 解消できるものは、できるだけ取っ払うわよ。エアコンの音とか、これとか」
カウンセラーは言いながら、横の花束を指差した。アクセルは、視線がそこに導かれた途端、少し目を見開いた。そして、暫くそれを見つめると、ここで話そうとしている事を、改めて心で振り返り、徐に口を開いた。
「別の意味で気になったよ……花だけど、そうじゃないみたいだ……萎れかけてるけど、綺麗だと思う……そのままでいい……」
「そう。どうもありがとう。亡くなった親友から貰った、大切なものなの。必ず持ち歩いてるわ」
青と紫のアスター、オレンジに赤、白のジニアの5輪が、やや頭を垂れて影を落としていた。
「まだ枯れてないのね」
何度も見てきたレイラが呟く。どうやら、かなり長い間、咲き続けている様子だった。
「保存液か何か、つけてるとか……」
アクセルもまた、抱いた不思議な感覚をそのまま呟く。
「似た様なものよ。鋭いわね。やっとそれらしく萎れてきたけど、まだ生きていられそう」
カウンセラーの話に驚いたアクセルは、レイラに肩を触れられた。
「知ってる先生だったでしょ」
レイラはそのまま、カウンセラーに、自慢気にアクセルの活動を話し始めた。そして、彼が控え目なあまり、ここに連れて来た事情を伝え、話の道標を置いた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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