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街並みは、仕事で行き交う人や車で忙しない。秋の装いをする店舗は、目を惹かせようと、個性的な看板や装飾、メニュー、音楽などで彩られている。
音が聞こえれば、レイラはすぐさまセンスがないと指摘し、アクセルのバンドの曲に挿し返えてしまえと言う。ハロウィンの飾りが目に入ると、今年のイベントはどうするつもりかと、レイラは彼に訊ねた。
アクセルは呆然としてしまう。尋ねられなければ、ハロウィンが過ぎてしまうところだった。
明るいものや、面白いものを見せようと、レイラは必死だった。不安を顔に滲ませたままのアクセルの無理に笑う様子に、胸が痛む。それを呑みながら、今は彼を導かねばならないと、力が抜けたその手を引いた。
どこにでもありそうな独立したメンタルクリニックは、オフィスビルの間に挟まれる様に建っていた。
中は、リラックスできる色彩や絵画を用い、快適な空間が設けられている。来院者層も様々で、子ども向けのフロアは、彼等が関心を持ちやすい可愛らしさを基調とされていた。
モダンな雰囲気や、海景色を思わせる待合スペース。面談や療養室に繋がる廊下は、温かみのある照明が使われ、早くも安らいでいく。
だが、ハーブのアロマオイルがどんなに効果的だとはいえ、匂いはとにかく刺激が強く、アクセルは頭痛をぶり返した。
「先生は、この街に来たら、このクリニックの一角スペースを借りるの。父さんの病院が近くて、連携してるから、関わりがあったのよ」
レイラの話しに、アクセルは相槌を打つのがやっとだった。声すら遠ざかるほど、脳内が匂いで充満し、酔っていく。身体の異変が確実に進んでいると分かると、手が震えだし、スタジアムジャンパーのポケットに隠す様に突っ込んだ。
鈍くなる頭をどうにかせねばならない。カウンセラーを誤魔化し通せる訳など無く、素直に感じている事を話した方がよいだろう。半ば閉じる瞼の下で、視線を幾度も往復させては、考え続けた。
その時、接近する緩やかなヒールの音を聞きつけた。アクセルは眼差しが変わると、その出所を素早く探る。足元からベージュのタイルの床、そこから放たれる仄かな光沢、ソファーで順番を待つ患者の足元、奥の廊下と、まるで鼠の走りの様な視線移動が自ずとできてしまう。
1度だけ鼻をひくつかせたとき、出入り口の自動ドアが開いた。そこから漂うのは、この場になかった別の匂いだ。
見るからに出先から訪れた女性は、ライトブラウンのコートをヒョウ柄のベルトで締め、細い体型が際立っている。履物は秋らしいマットなブーツで、パンツと共に黒に揃えて大人しい。黒いニット帽を浅めに被る隙間からは、光を受けて赤毛になるカッパーブラウンの髪が、肩に優雅に凭れている。
女性はすぐに足を止めると、アクセルに微笑んだ。
アクセルは目を見張ると、足先から全身が強張っていく。
レイラはアクセルの様子に気付かないまま、ふと顔を上げた拍子に、ぱっと表情を変える。
「元気そうね、レイラ。君だね? そのコーディネート、いい感じ」
女性の静かな眼差しを受けるアクセルは、重々しく立ち上がる。だが、手を差し出す勇気がなく、軽い挨拶だけになってしまった。
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サスペンスダークファンタジー
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