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*完結* COYOTE   作者: terra.
Harvest Moon
11/184

9



※「♪」がついた説明は、曲紹介です。

後書き/前書きもお楽しみ頂けますと幸いです。






 軽い挨拶をしながら入室すると、体格のいい教師がピアノを弾いていた。



「やぁグレイ君、いい朝だね。今日みたいな日こそ、クラシックがよく合うよ」



 部屋中が陽射しに満ち、棚に詰め込まれた本は温められ、早くも色褪せそうになっている。窓の外からの草木のざわめきと、鳥の囀りが、教師が奏でる古風なメロディと合わさり、爽快だ。なのにアクセルは、どうしても眉を寄せずにはいられなかった。



「……あれ、何で? ああ、部屋を間違えました」



「ミスターは腹を壊したみたいでね、私が代わりに。さぁやろうか」



 よく鍛えられた上半身が、薄めの白いシャツを介して主張している。それに目が勝手に引き寄せられると、懸命に生地を留めるボタンが、はち切れそうだと悲鳴を上げている様に見えた。



「どこが気になるかな?具体的に」



 アクセルは、首だけの否定に愛想笑いを添えると、手足を軽く振り、肩甲骨を回して伸びをした。



「ちょっと見ない間に引き締まったんじゃないか?」



 気のせいだと、アクセルは標準的なトーンで教師に被せて返すと、強く息を吐き、幾らか巻き舌で発声した。いい音程に繋げるために、舌や、舌の根元を脱力させて喉を開いていく。




 教師は、生徒の軽い準備運動に、気持ちを切り替えられていく。



「口角を指先でちょっと持ち上げて。いつものリップロールからだ。慣れただろうから、ペースは早歩きで、長距離を行くぞ。トップスルーからバックスルーの繰り返し。お腹とお尻がガチガチだから解して」



 身体を貫通しそうな教師の視線に、アクセルの瞼がどこまでも下りようとして痙攣する。じかに触れられている訳ではないにも関わらず、その視線は、ゆっくりと肌を撫でてくる様だ。気に入ってくれているのだろうが、如何せんムズ痒い。




 5音を基調に、軽やかな伴奏が駆け足で鳴り響くと、出だしの音を投げられた。アクセルは、それを耳でキャッチし、テンポ良く鳴り始める伴奏に合わせ、唇を震わせた音に変えながら教師に打ち返す。ピアノになった身体で、早歩きで坂道を上る様に、伴奏も半音ずつ上がっていく。日常で出す声の高さから、幼児が出しやすい高さに。汽笛に近い音まで上り詰めたら、来た道を同じ速さで下っていく。この1往復を2分で終えると



「次、そのままNei(ネイ)で通して」



 間髪入れずに投げられる音を、指示通りの言葉で投げ返していく。その次の往復はNo(ノウ)で返し、そのまた次の往復では、峠と麓でロングトーンに変えて投げ返した。




 合間に入った指導を含め、20分ほどで終わると、2つ目のウォームアップに移る。60年代の古い映画に使われた、水面に揺蕩(たゆた)う月明かりに溶け出しそうになるバラードは、どの楽器で演奏してもしっくりくる、有名な美しい曲だ。




 ピアノサウンドが、陽光に満ちた空気をとろけさせる。夜を背景に呟く様な歌でありながら、微風が、それを朝の音色に作り変えていく。そこに、カップから立つ湯気の様な柔らかな声を、そっと乗せていった。




 新しいロックミュージックばかりを口ずさみ、古い音楽にあまり関心を持とうとしなかった時期がある。しかし、歳を重ねるにつれ、過去を振り返り、当時の良さに向き合うようになった。




 歌詞をただ読み上げる様な歌い方から、いつしか、心から感情を込めるようになった。それは、彼女と初めて、正式と呼べる会話をした時だったと思う。




 短いながらも、長い(かわ)を永遠に下り続けようとする音は、やっと聞こえなくなった。



「……パートナーでもできたのかな、グレイ君」



 教師は、何故か目を震わせている。アクセルは、暫し目を瞬きながら考えた末



「まぁ……あれ、知りません? 去年ハロウィンのステージで歌ったから、てっきり……バンドを組んだんだ、3人とも最高だよ」



「3人だって!?」



 教師の激しい起立に、アクセルは肩を跳ね上げる。そのまま、教師の反応については詳細に考えず、一刻も早く次の曲を弾いてもらおうと、ピアノの上にある楽譜を慌てて開いた。流れてくる例え難い汗は、なかなか止まらなかった。








♪「Moon River」

1961年公開映画「ティファニーで朝食を」にて、主演女優のオードリー・ヘップバーンが劇中に歌った曲です。それを、Chapter13というバンド(活動休止中と思われる)のボーカル、Tom Abisgoldがカバーしているものを、アクセルに重ねています。(YouTubeにて探して頂けます)


※リップロール

息を吐きながら唇をぶるぶると震わせるやつです。


※ロングトーン

語尾を伸ばしているイメージです。


※トップスルー/バックスルー

だんだん上がっていって、だんだん下がっていくイメージです。



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サスペンスダークファンタジー


COYOTE


2025年8月下旬完結予定


Instagram・本サイト活動報告にて

投稿通知・作品画像宣伝中

インスタではプライベート投稿もしています

インスタサブアカウントでは

短編限定の「インスタ小説」も実施中


その他作品も含め

気が向きましたら是非




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― 新着の感想 ―
お疲れ様です♪ 教師の人がとてもバラードが合うようなイメージの人ですね(o^-')b ! 外見がムキムキなのがギャップがあって良いです \(^o^)/ 自分の身近にそう言う先生か居てくれたら、創作の方…
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