7
アクセルは、レイラに身を預けられ、動揺していた。何も言わない彼女に、完全に置き去りにされている。頬に微かに触れる彼女の髪が擽ったい。仄かに立つ香りは、玄関で抱き締めた時と同じくらい心地よく、顔が寄っていく。
もうじき、学校に着く頃だった。アクセルは、少し背筋を伸ばすと、考えを改める。彼女は父親の都合で、ただでさえギリギリの出席が多く、穴を空ける事もあった。自分の都合で、彼女が減点されるのは嫌だった。
「レイラ、やっぱり降りろ。まだ1コマ目が始まったばっかだ」
「私は、これはチャンスだって思うわよ……」
人一倍冴えた聴覚は、レイラの呟きの震えまでも鮮明に聞こえる。また、自分と同じくらい脈打っているのも、握り返してくる汗ばんだ手から伝わってくる。熱さも、匂いも、分かり得なかった身体の音も全て感じる。これにはほんの僅かだが、歪な能力をありがたく思ってしまった。
そのまま返す言葉が見つからず、アクセルは乗っかる様に、レイラのダークブロンドの髪に頬を押しつけた。
だが、その時間はあっと言う間だった。バスが意地悪く到着し、互いの距離が慌ただしく開いてしまう。
2人は下車した途端、陽光に目を細めた。そして、まるで何事も無かったかの様な素振りで、焦りを隠した。
レイラは、カウンセラーは近日中に拠点に戻ると聞いていた。先週、父の事で顔を合わせたばかりだったため、まだ話せるだろうと願いながら、スマートフォンを取り出す。それもまた、鼓動を抑えるためだった。どんな顔でアクセルを見ればいいのか、分からなくなっていた。
呼び出し音が長く続き、カウンセラーはなかなか出てくれない。こうしている間も、背後にアクセルがいると分かると、落ち着かなかった。
アクセルは、知っている街とはいえ、あまり訪れないため、景色を見回していた。何となく、陽を浴びるのを久しぶりに感じ、ビルの窓の反射光に目が眩む。昨夜の雨が噓に思える様に、今のこの時間が嘘に思えた。
ただ隣にレイラがいる、という事だけではない。彼女の、見た事も聞いた事もない、たくさんの様子が見られる。忙しそうに背を向けたのは、ただ電話をするためだけではない事も、すぐに想像がついた。まるで、自分の分かりやすさを客観視している様だった。彼女だからこそ、それが無性に愛しく、知らぬ間に、視線で彼女の身体をかたどってしまう。
「よかった。ちょっと無理言っちゃったけど、来ていいって」
急に振り返るレイラに、アクセルは肩を小さく跳ね上げる。
レイラは眉を寄せ、揶揄いの笑みを見せた。時に小動物の様な動きを見せるアクセルの癖が、何とも言えないくらい愛おしい。それを口にはせず、胸に仕舞うと、彼の腕を引いて歩きはじめた。
「……何て先生?」
「あー……会えば分かるわ。貴方も影響されてた有名な人……ここは人が多いから、先生のためにも今は言わない」
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非