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部屋で独りになったのも束の間、アクセルは遠吠えを聞きつけ、飛び起きた拍子に窓を振り返った。
甲高く伸びるそれは、まるでエコーだ。真っ直ぐ耳に到達し、脳内で変形していく声に、目を見開いてしまう。
“あいつがいない”
立て続けに飛び込んだ別の遠吠えも、同じ言葉に変わっていく。それらに引き寄せられ、気付けば窓から身を乗り出し、遠い山々に耳を欹てていた。
コヨーテ達が騒いでいるのが、手に取る様に分かる。群れる特性上、ステファンもその内の1頭であり、姿が見えなくなれば、獣達は何かを勘繰るのだろう。そしてそれは、今や自分も同じだった。
冷ややかな風も余所に、窓枠と窓ガラスの縁を掴み、もっと前のめりになる。視覚と聴覚を研ぎ澄ませ、嗅覚を意識した。緑と朝露の香りが、鼻腔の奥まで達し、より、森の深部に引き込まれそうだ。
昨夜の自分の行動が、ステファンを目覚めさせたのか。元の姿に戻れるならば、妻を求めて街に出たのか。
考えている内に、ふと、別の事が気になり始める。ステファンが自宅に帰れたとして、そこから何が起きてしまうだろうか、と。
アクセルは、自ずと首を振る。ステファンは、獣達が特定できないところまで移動しているのか。
考えるにつれ、眼振が起こると、鼓動が速まり、窓枠を掴む手が強まる。視界いっぱいに広がる自然の景色に呑まれる様に、上体が前に出ると、いよいよ足が窓枠に乗った。真下に庭が待ち受けている事など、盲点だった。
「アックス何してるの!?」
声に射抜かれた途端、アクセルは落ちかけるも、窓枠に縋りつく。そこから見下ろした途端、風にのって舞うレイラの甘い香りに、我を取り戻していく。
「アックス止めて! 中に入って!」
レイラは居ても立っても居られず、スクールバスの停留所に向かわず、そのまま彼の家に急いだ。
ノブをいくら捻っても開かず、アクセルを呼びながら、何度もドアを叩いた。その間、飛び降りようとしていた彼の事が頭から離れない。こんなに呼んでいるのに、何故すぐに出て来ないのかと、今度は庭に回り、部屋の窓の真下に向かう。だが、そこにはもう、彼の姿はなかった。これに安堵すると、再び玄関に回り、ドアを叩こうとした次の瞬間――拳が宙を抜けた。
目を見張るアクセルが現れた途端、レイラは大きく抱きついた。
「バカな事しないで!」
レイラの叫びに、アクセルは鼓膜の震えを感じた。更に、自分が何をしようとし、何故彼女がここに来たのかを、冷静に分析できるようになった。そのまま、昨夜の家族との時間が、時系列に沿って流れ始める。何を話し、自分が夜、最後に何を考えながら眠ったのかも、全て。
「レイラ……」
早くも失われかけていた人生の一部を、特別な香りと温もりを、その名を口にする事で取り戻せた。緊張よりも、怯えによって震える腕が、自然と彼女の小さな頭や肩を包んでいく。どんな毛布よりも柔らかい。温かい感覚を、片時も手放したくなかった。
※スクールバスは学年が混ざっているようです。なので、レイラとソニアは一緒に通学していた事になります。
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サスペンスダークファンタジー
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