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ソニアは家を出ると、待っていたブルースに、兄の事情を話した。その傍ら、キャシーは、職探しでスケジュールを既に押さえており、母に連絡を入れながら玄関に鍵をかけた。そして、表の2人に軽く声をかけると、慌ただしく出かけた。
「あいつ、病院行ってねぇの?」
「今は辛いから、とにかく寝たいって。行くならその後よ」
ソニアの発言に、ブルースは首を傾げる。自分が意味するそれは、昨日、スタジオで別れてからの事だった。だが、ソニアを見ていると、どうもアクセルは家族に話していない様だ。その可能性があると察すると、今はそれ以上の言葉を呑み、ソニアに愛想よく車のドアを開けた。
「なら、送ってくぜ?」
後部席が見えて早々、理解できない言語のロックが聞こえてくる。激しく、やかましいそれに、ソニアは顔に一気に皺が寄った。
「とんだパートナーだって思われるわ!」
「おいおい、付き合うかどうかはこの後聞くとこだってのに、役目取っちまうなんて。積極的過ぎて、こっちが撃たれちまう」
「そんな爆音の車に乗ってちゃ、脳みそが飛び散るわ。お兄ちゃんは下りて正解。原因が分かったから、治療費の請求書をそっちに送る」
ソニアが目を尖らせて捲し立てるのを、ブルースは鼻で笑った。
「なら日本語で頼むぜ。ややこしい書類こそ、そうでないと。母さんが頭抱えるの見たくねぇのよ。不満で1曲作れちまう。“なんやねん訳分からへん本間ぁ、いらんっちゅうねん”って」
2種類の言語が混ざった発言に、ソニアは更に顔を歪めた。
「それ、本当に地球上の言葉なの? 怖くて、貴方のところには嫁げない」
「そう言うな。最高の食事メニューをお届けするぜ。“鰹出汁”で一気にマイナス22ポンドだ」
「そんな怪しい宣伝なんかに引っかからないわ」
ソニアは、またしても理解不能な日本語と思しきワードからそっぽを向くと、バス停へと歩きだす。
「どうだか? どっから謳ってるか分からねぇキラキラな推奨より、近くの他人からの無地なアドバイスが勝つ時だって、あんだぜ」
ソニアは立ち止まり、口を尖らせてブルースを振り見た。
それと同時に、車を発進したブルースが真横に着くと、キザに手を翳し、あっさりと先に行ってしまった。
ソニアとのひょんな時間でも、ブルースは気を紛らわすのが難しかった。眼差しが曇る中、信号で止まると、アクセルが学校を休んだという短いメッセージを、ジェイソンにだけ送った。
ハンドルの手が落ち着かず、何度もパンツで汗を拭ってしまう。昨夜、アクセルから連絡が来なかった事で、ずっと心が落ち着かない。演奏で誤魔化すにも限界があり、家のスタジオに籠るのも早々に切り上げたくらいだ。
アクセルの家に行こうか、メッセージで声をかけようか、電話をしようかと悩んだ挙句、ジェイソンと通話していた。いつも冷静な彼もまた、どこか緊張する声をしていたが、アクセルからの連絡を待とうと言われた。
ブルースは車のBGMを切った。空の助手席に溜め息が漏れる。友人の声が聞こえない。そんな事を考えながら眠り、早く顔を見ようと思って急げばこんな落ちだと、頭を掻いた。
フロントガラスに薄く浮かぶ眼差しに、昨日、3人で話していた、たった1つの想いが滲む。自分達は、アクセルの居場所だと。
※22ポンドは、約10キロです。鰹出汁など日本食生活をすれば、体重-10kgは楽勝です。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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