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アクセルは、家の郵便ポストの前で動けなくなっていた。霧雨は途中から勢いを増し、身体はずぶ濡れだった。腰の痛みは、歩いたせいで一向に引かない。
熱を帯びた身体も、荒れ狂う様な鼓動も、雨ですっかり治まっていた。全身を隈なく見回し、ただ濡れて帰って来てしまったという状態が仕上がっているかを確認する。だが、この疲労感を隠し通せる自信がなかった。何か適当な言い訳を考え、あまり家族の相手をせず、速やかに部屋に上がる作戦を立てる。
重い足取りで玄関まで来ると、頭痛で立ち止まった。思考を巡らせるのが辛い中、先程のトラブルだけが勝手に思い起こされる。その苛立ちがまたしても、身体の深部で熱に変わり始めた。
落ち着け。そう言い聞かせ、雨音に集中する。そのまま、肌にぶつかる雨粒の冷たさを感じ、それが浸透していくのを、目を閉じて感じた。そして再び、胸で呟いた。自分は人である、と。
ドアを開けてすぐ、ダイニングにいたソニアが目を剥いた。知らずにリビングから現れたキャシーは、アクセルの顔を見ずに迎えの声をかけ、その後やっと顔を向ける。
「……ちょっと何その格好!? ブルースは!?」
弟が友人と車で帰宅しなかったのを見て呆れた。その声に、仕事から帰ったばかりの母が、キッチンから顔を覗かせる。母は何かを察し、息子の様子に顔を曇らせたまま、何も言わなかった。
「何でそんなおじいちゃんみたいな歩き方なの?」
ソニアは、何も言わずに通過していく兄に問う。
言われてみればと、アクセルは小さく鼻で笑った。階段の手摺りを掴み、たった1段に片足を乗せただけで、身体に電気が走る。
「ああ……歳はとりたくねぇ……」
母は一気に眉を寄せ、こちらのセリフだと言いかけて止まった。
途端、ソニアが慌てて両手で口を押え、姉と母を目だけで往復する。ソニアは、腰を押さえる兄の姿から、すぐさまレイラの家の方を見た。そして、とんでもない妄想をしてしまった。
それを察したキャシーは、すぐさま妹の頭を打った。レイデンの影響かと思った途端、衝動に駆られた。
アクセルは、階段を踏み外さないよう、慎重に上る。
家族は、あまりに怪しい長男の光景に、ぞっとした。母は、半ば焦りながら息子を呼ぶ。しかし、息子はそのまま部屋に姿を消してしまった。怪我をしている様な歩き方が気になり、息子の元へ向かった。
身体を拭く気力も無いまま、鞄を床に捨て、上半身だけ下着姿になると、ベッドに仰向けに倒れた。自分の匂いがする。そして、数々の異なる匂いがするのは、昨日訪れたメンバーのものだ。
部屋に詰まった様々な匂いが、個々で主張してくる。こんなにも無臭が欲しくなるのは初めてだった。敏感過ぎる鼻を、今にも捥いでしまいたい。
目を開けると、コヨーテとステファンの声が浮かんだ。そこは暗い天井だが、薄っすらと見える壁紙の模様が、脳で勝手に獣の顔を作ってしまう。舌打ちして頭を激しく振ると、腕で目を覆った。
「アクセル」
母が僅かに部屋のドアを開けた。こちらの応答をちゃんと待ってくれるのだが、声がどうしても出なかった。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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