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*完結* COYOTE   作者: terra.
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 息が、やっと声になった。ホリーは、薄く開いた目に灯を迎え入れると、ランプの元のオルゴールに微笑んだ。金色のゼンマイが回りながら、音色に合わせて淡い光が反射している。それを見て、再び、生きている、と呟いた。




 隣にある写真立てに目がいく。骨と血管が浮いた腕でそれを掴んだ時、久しぶりに、その重さが沁みた。落としかけるところ、どうにか力を絞り出し、顔に近付ける。




 肩から大きく抱き寄せてくれる夫の感触を、温度を、香りを、声を、片時も忘れた事はない。

 写真は、ハネムーンとして訪れた登山先で撮ったものであり、日帰りのキャンプの真っ只中の頃だ。天気に恵まれ、澄んだ青空に際立つ山脈は、絵画の中に飛び込んだ様に美しかった。

 しかし、切り取られたこの瞬間以外は思い出したくなく、ふと、写真立てをその場に落としてしまう。この日に起きたトラブルを機に、人生が狂ってしまった。




 また、胸が強く縛られていく。悔いと悲しみ、壮絶な寂しさに、涙が絞り出される。何にも例え難い痛みと、恐怖と、ショックは、訪れる誰にも緩和できなかった。ただ1人だけを除いて――




 息子が、また蹴った。可愛らしい足をエコーで見た時は、奇跡の(ともしび)を見た様に、一瞬だけ心が晴れたものだ。




 吐き気と嗚咽(おえつ)が合わさり、涙声が漏れる。震えは、怯えと寒さによるものだ。どんなに温めても温まりきらない生活に、終わりを感じない。元を断っている、どれか1つの機器でも起動しようものならば、膨大な欲望を抱えた猟師――カメラを話さない記者達が襲いかかるのだろう。どうせこの壁の向こうで、幾つもの眼が光り、息を潜めているに違いない。



“動物好きと医者なら、獣医にでもなるんじゃないか?”



“それ、最高!”



 逃げよう。そして夫を見つけて、息子をこの腕の中に迎えよう。




 自分達は、どこにでもいる、特別でもなんでもない家族の筈だった。

 自然の魂を学んで生き、人の治療に専念して生きてきた、たったそれだけの事の筈だった。少々成長に不安を感じさせる、早くも困らせてくる可愛い息子を授かった、ただそれだけの事の筈だろう。

 失くしてしまったものを探したい。あると分かっているのだから、尚の事、見つけたい。壊れてしまっているのなら、直したい。寒いなら、温めたい。満たされないのなら、全力で満たしたい。例え、どんな風になっていようとも。だから――



「邪魔をしないで……」



 自分達の邪魔を、どうかしないでほしい。ただ、元に戻りたいだけなのだ。貴方達と同じ生活を、自分達も再び送りたい。愛する人と、愛する我が子と共に、人生を歩みたいだけだと、叫ぶ場所も与えて貰えなくなった。




 逃げよう。きっと森にいるであろう夫と落ち合って、誰も居ない場所で生きればいい。そうすれば、夫も落ち着けるかもしれない。



「会いに……行きましょうね……」



 すると、息子はまた、腹を蹴った。擽ったいあまりに、今日初めての笑い声を、ホリーは力無くこぼす。




 ゆっくりと身体を起こすと、髪をかき上げ、顔をさらした。暫く鏡も見ていない。見なくとも、口や瞼の動きで、どれだけ崩れているか分かる。




 オルゴールの音色が緩やかになり始めた。何周も巻いたゼンマイが、今、止まろうとしている。

 そっと手に取ると、もう少しだけ回した。そして、いつまでも腹の中で心地よさそうに、姿を見せようとしない息子に聞かせた。




 外は今、どんな様子なのだろう。デスクや窓枠に佇む、日光を浴びる機会を奪われた観葉植物は、まるで自分を見ている様だ。




 この家そのものから、生気が失われている。少し逃げ過ぎたかもしれないと、ホリーはもう一度写真立てを取った。薄くかかる埃を指で拭うと、ガラスの向こうの頬に触れる。



「……ステファン」



 そしてまた、オルゴールの音色に鼻歌を重ねていた。









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サスペンスダークファンタジー


COYOTE


2025年8月下旬完結予定


Instagram・本サイト活動報告にて

投稿通知・作品画像宣伝中

インスタではプライベート投稿もしています

インスタサブアカウントでは

短編限定の「インスタ小説」も実施中


その他作品も含め

気が向きましたら是非




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― 新着の感想 ―
こんにちは♪ 100部突破、おめでとうございます٩(^‿^)۶ ここまで読んであっという間でしたね。 楽しくて時間や月日を忘れていました(^^;; ホーリーはステファンの事を、心の底から愛していたんで…
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