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第90話 引数


 *


 翌日の早朝5:00。

 ディグニクスとの約束まで、あと1時間。

 僕とベルは、廃鉱山の第4坑道入口に到着していた。


「気を付けてー。ここから先はヤツの領域テリトリーよー」


「うん。ヘルプ、マップ表示をお願い」


(承知しましたです)


 タブレットの『何でもナビ』が起動し、マップが表示される。

 それは以前のような、大まかな方向だけを示す矢印ではない。

 内部の傾斜、分岐する坑道、朽ちかけたトロッコのレールの配置に至るまで網羅された、極めて精緻な上面図だった。


 アズライトが役場から取り寄せた公式の鉱山図面。

 そしてパウロが集めてくれた、地元の鉱夫たちの記憶と証言。

 それらをタブレットの推論機能で統合し、補完することで、滞在期間の短さというハンデを一気にクリアしたのだ。


 僕は、この『完全な地図』をスライドさせ、目的地周辺を確認する。


 目的地ディグニクスを示す旗のマークが表示されているのは第4坑道の最奥、広場のようになっている空間の真ん中あたりだった。

 そして、人質となった子供たちと思われる5個の青い点が(入口方向から見た)ディグニクスのすぐ後ろで光っている。

 さらにその周囲を取り囲むようにして光っているのは、数十個の赤い点。


「やっぱり、ディグニクスの他にもいっぱいいるっぽいね」


(まあ、そりゃそうだろ)


「それと、途中にも結構な数の敵がいるみたいだけど」


 地図を推奨ルートに沿って辿っていくと物陰や分岐の先などで複数の赤い点が確認できた。


(ケッケッケ、多分待ち伏せでもしてるつもりなんじゃねーのか?)


「まさか。向こうだって『何でもナビ』のことは知ってるでしょ」


「いやー。そんなことないと思うよー。だってそれ、管理者端末タブレット専用のアプリだしー。知ってるのなんて本当に一部だけだと思うよー?」


「そうなの?」


「そんなの入れたら即パンクしちゃうってー」


「いやでも、ベルも教会で似たようなことやってなかった?」


 確か、侵入してきた第5位階を察知して、パウロに警告していたような記憶があるんだけど。


「あれは教会の建物内だけに限定した、簡易的なセキュリティシステムよー。孤児院の侵入は感知できなかったでしょー?」


 言われてみれば、確かにそのとおりだ。

 きっとベルは地下の研究所ラボが発覚することを警戒して、そういう仕組みを作っていただけなのだろう。


(彼女の言う通りです、マスター。敵はこちらの索敵能力を正確に把握できていない可能性が高いですよ)


(じゃなきゃ、人質なんざ面倒くせえマネしねえだろうしな。もっとマシな罠を張るはずだぜ)


「……分かった。それなら、作戦がうまくいく可能性が高まりそうだね」


(ま、油断だけはすんなよ?)


「うん、分かってる」


 アイディに釘を刺され、もう一度マップを確認しようとタブレットに視線を落とした。

 よく見ると、目的地へと続くルート上に、いくつかの赤い『!』マークが点在しているのが見える。


「ヘルプ、この『(ビックリ)』マークは?」


(はい。罠が設置されている可能性が高い場所の表示です)


「罠!? これから取引しようっていうのに?」


「まー、アイツからしたらあーしらの身柄さえ手に入れば、手段は問わないんでしょーね。手足の1本くらい無くなってもいいやー、くらいのもんなんでしょー」


(つまり、死なねー程度のタチのわりいトラップがワンサカ、ってわけだな!)


「そんな楽しそうに言わないでよ、アイディ……」


「さっきも話したけど、ディグニクスは人間だった頃はガチのテロリストだったヤツだから。注意してねー?」


 僕は短く頷き、第4坑道の奥へと足を進めた。

 左腕のミラーリング端末から放たれるライトが、闇を切り裂くように先を照らしている。足元は悪くないが、油断はできない。

 マップを注視しながら、僕はベルから聞いた『敵』の情報を反芻はんすうする。


 ――第3位階・ディグニクス。


 1000年前の戦いではジーゴと呼ばれていた、軍人崩れの男。

 幼少期から腕力で周囲を従える悪童だった彼は、15歳の『神授の儀』で人生を転落させたという。

 下された低ランク判定。

 昨日まで手下として扱っていた相手に、理不尽な神具アイテムの力だけでねじ伏せられる屈辱。

 肥大化した自尊心と、突きつけられた現実。

 そのギャップを受け入れられなかった彼は、やがてその憎悪の矛先を『自分を認めない世界』そのものへと向けた。

 治安維持局を辞め、レジスタンスへ身を投じたのも、高尚な理想のためではない。ただ、復讐がしたかっただけなのだろう。


 僕の思考を補足するように、ベルが口を開く。


「世界を良くしたい、なんて殊勝しゅしょうな考えはゼロねー。根っこにあるのは、ただの子供じみた逆恨みよー」


「……だからこそ、何をするか分かんないから注意、ってことだよね」


 理想を語りながら、その実、中身はドス黒いエゴの塊。

 確かに、相当厄介なタイプかもしれない。


「そーそー。ここじゃあーしは完全に足手まといだしねー。だから管理者アドミンさぁん、あーしのことをちゃーんと守ってよねぇん」


 そう言いながらベルは自分の体を抱きしめてクネクネしていた。

 僕は小さなため息とともに、更に奥へと足を進めていく。


「ちょ、スルーしないでー!」


 彼女の言動を見ていると、自分の中で作り上げてきた神のしもべの、『冷酷で非道で人間味のない奴ら』というイメージが音を立てて崩れていってしまいそうになる……。


(マスター。前方20メートルに罠反応がありますです)


 ヘルプの警告を受け、僕はライトを前方に向けた。

 だが、古びた支柱と岩肌が見えるだけで、怪しいものは見当たらない。


「何も無いみたいだけど……」


(『何でもナビ』を『主観視点』に設定してみてくださいです)


「主観視点? ああ、これか」


 ヘルプに言われたとおりにボタンを押すと、今まで平面だったマップがぐりん、と動いて立体感のある表示に切り替わった。


「うわ、なんだこれ!」


(このモードならどの辺りに罠があるのか分かりやすいはずですよ)


 確かに、これなら地面に埋まっていようが物陰に隠されていようが、一目瞭然だ。


「えーと、あの支柱の裏の方にあるみたいだね」


 僕は慎重に罠の場所まで接近し、何でもナビに表示された場所に目を凝らしてみた。


「あれかな。何か光ってる」


「あー、あれはPMで作った爆弾だねー」


「爆弾!?」


 一部が赤く点滅している黒くて四角い物体。これも爆弾らしい。

 どうしてああいう奴らはこうも爆発を好むんだ。そういう美学でもあるんだろうか。



「まー、帰り道を塞ごう、とかそんなんじゃないかなー。たぶん」


 なるほど。ここを通過した瞬間に起爆して坑道を崩落させ、僕らを奥へと追い込む気か。


「よし、それじゃあ」


 僕は何でもナビをバックグラウンドへ下げ、固着カメラを起動する。

 あらゆるモノの時間を停止させるカメラ。きっとあの爆弾だって例外じゃないはずだ。


「これで大丈夫だと思うけど」


 僕がシャッターを切ると、爆弾の赤い光の点滅は止まった。

 それを確認して、ゆっくりと慎重に、罠が仕掛けられていた道を通過していく。


「いやー。それもデタラメな性能よねー」


「うん。でも、何が起こるか分からないから、あんまり使わないようにしてるんだ」


「あー。うん。多分それは正解だねー。先輩も『これは危険だ』って言ってたしー」


「それに、僕が作ったものじゃないからね」


 1000年前の天才科学者、ジン。

 このタブレットは、彼が遺した『世界を書き換える力』だ。

 これだけの性能があれば、あの時、彼らはもっと違う結末を迎えることもできたんじゃないか――ふと、そんなことを思う。

 それでもそうしなかったのは、彼らにはどうしても譲れない『一線』があったからなのだろうか。

 そんな感傷に浸りかけた時、ヘルプの鋭い声が響いた。


(マスター! 前方から敵2体の反応が近づいてきます!)


(おっ、罠が作動してねーのを不審に思ったか?)


「よし、来るなら来い。ベルは下がってて」


 僕はタブレットをケースに仕舞い、腰から剣を抜くと、臨戦態勢を取る。


「はーい。じゃ、管理者アドミンさーん、後はよろしくねー」


 そう言って、ベルは素直に後方へと下がっていった。

 今の彼女は戦えない。道中の敵は僕が全部片付けなくては。


「ギ、ギギ!? トラップ、作動セズ!」


「作戦変更、実力行使ニテ捕縛スル!」


 暗がりから現れたのは、あの気味の悪い仮面を付けた第5位階の兵隊たちだった。

 だが、教会の時とは少し様子が違う。

 彼らは森や岩肌に溶け込むような、土色と緑が混ざった奇妙な模様の服を着込み、手には先端からバチバチと火花を散らす短い杖を握っていた。


「あ、あれってまさか、スタンロッド!?」


「何かマズイの?」


「触られただけで痺れて行動不能になる棒よ! あんなもの、3年前はなかったのに!」


「なんだ、そんなことか。なら大丈夫、問題ないよ!」


 ベルが珍しく慌てていたから何事かと思ったじゃないか。

 ()()()()()()()()()()()なら何の問題もない。


「はあっ!」


 僕は<視線>でターゲットを決め、地面を蹴って空中へと飛び上がる。


「<対・第5>っ!」


 そして、第5位階の戦闘員を最小のエネルギーで倒すことに特化した、命令が2つだけという非常にシンプルな構成の新しいプログラム名を呼び出す。


 その命令の1つ目は、

 <神の僕・第5位階>の<仮面>に<空気弾エア・ショット(強度:0.6,指向性:5.0)>。


 直後、0.6倍の出力ながらデフォルト値の90.0度から5.0度まで角度を絞られた分、威力を増したエア・ショットが第5位階の顔面を撃ち抜いた。

 完全にバランスを崩された敵は仰け反った姿勢となり、弱点を隠していた仮面は簡単に弾き飛ばされてしまう。


 そして、命令の2つ目。

 <神のしもべ・第5位階>の<スマートフォン>に<突き攻撃>。


 僕の視線が、仮面の下から現れたスマートフォンを捉えた。

 次の瞬間、僕の体は弱点に向けて突き進んでいく白銀の剣先に引っ張られ、矢のように飛んでいく。


 ズガアッ!


「グゲアアアアアッ!」


 神速の一撃は第5位階のスマートフォンを容赦なく貫き、瞬きほどの間で1体を消滅させた。


「次ッ! <対・第5>!」


 ガシャアッ!


「ギャアアアッ!」


 そして、着地と同時に再び跳躍し、スタンロッドを振り回す間も与えずにもう1体も消滅させる。


「ヘルプ、消費は?」


(はい、2体で0.48。肉体的フィードバックも極小であることが予想されますです)


 完璧な想定通りの結果に、僕は思わず「よしっ」と拳を握りしめてしまう。


 『火炎龍』のような派手な効果も気持ちいいんだけど、きっと僕には心の底まで貧乏性が染み付いているんだと思う。

 限られたリソースをやり繰りして、最小のコストで最大の結果を出す。こういうみみっちい戦い方の方が、性に合っている気がする。


「うーわ。なんてーか、管理者アドミンさん、すごい発想だねー」


「うん。今までは無駄が多くてすぐにダウンしちゃってたからさ。色々研究したんだ」


 王都からガランドまでの旅路は魔物も適度に出現して、色々試すにはいい機会だった。

 その中で、エア・ショットのライブラリに記述された補足情報コメントに『指向性は入力を省略しても構わない引数ひきすう』と書かれていたことに気付けたのは大きかったと思う。

 その瞬間、『燃費が悪くてちょっと使いにくいなあ』なんて思ってたエア・ショットが一気に汎用性と可能性の塊に化けたのだ。


 ただまあ、それだけにどうしてあんな雑なサンプルだったのかが謎だけど……もしかして、あれもジンが作ったものだったんだろうか……。


「はー。いやはや、あーしなんかよりずっとプログラマーの素質あるよ、管理者アドミンさん」


「そうかなあ? まあ、とりあえず先を急ごうか」


 褒めているのかよく分からないベルの言葉を背に、僕は再び坑道の奥を目指して歩き始めた。


「目的地は坑道奥の広いスペース。中央にディグニクス。そのやや後方あたりに子供たち。罠と敵影は第4坑道以外には見当たらず。それでも十分に注意を」


 そして、歩きながらミラーリングデバイスのマイクに()()()()()の情報を音声入力していく。

 さて、これでうまくいくと良いんだけど……。


次回もお楽しみに。

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