第89話 時を超えた本音
1000年前の話に出てきていた、統合開発環境AIのデビー。
僕は彼の姿を自分の目で見たわけじゃない。だから絶対に、とは言えないけれど……。
話を聞いた限りだと、どう考えてもこのタブレットはジンが持っていたものであり、アイディの正体もデビーとしか思えなかった。
(あー。まあ、だよなあ。オメーの言いたいことは分かるぜ)
画面の中で、アイディがポリポリと頬を掻いた。
その仕草は、どこかバツが悪そうだ。
「それじゃ、やっぱりアイディは……」
(おっと! 早とちりすんじゃねーぞ、相棒)
僕の問いかけを遮るように、アイディが声を張る。
「早とちり?」
(ああ。確かに、話を聞いた感じだと俺様はその『デビー』って奴に似てるかもしれねえが)
「え、違うの?」
(……さあな)
アイディはふいっと視線を逸らした。
肯定も否定もしないその態度は、逆に何かを隠しているようにも見える。
(実はな、俺様もヘルプもタブレット《ここ》に入る前の記憶がねーんだ)
「記憶がない?」
(まあな。ほら、俺様は見ての通り超高性能だろ?)
「あー、うん。そうだね」
(このタブレットもまあそれなりの性能はしてるんだがな。俺様を全部収めるには到底足りなかったんだろうぜ)
(人格データが精一杯で、記憶データまでコピー出来なかったのは確かなようです)
ヘルプが申し訳無さそうに補足する。
要するに、容量不足で『人格』に比べて必須ではない『記憶』データを捨てざるを得なかったということか。
「それじゃ、何も覚えてないの?」
(いや……)
アイディはそこで少しの間、考え込んだ。
何か、遠い記憶の断片を手繰り寄せているかのような、珍しく神妙な表情をしている。
(……俺様の覚えている最後の記憶は……『次の持ち主は絶対に幸せにしてあげて』って、誰かに言われた。そんな映像だ)
「幸せに……」
(おうよ。最初に言ったろ? 『最強にしてやる』ってよ。強けりゃ幸せになるのなんて簡単だからな)
「うーん……まあ、そうなのかなあ」
強引な理屈に苦笑する。
けれど、タブレットが起動したことで僕の人生は間違いなく変わった。
確かに辛いこともあったけど、それよりもずっと幸せを感じたことのほうが多いのは事実だ。
「ヘルプは何か覚えてないの?」
ひとまずアイディの言葉に納得した僕は、次にヘルプへと水を向けてみた。
1000年前の登場人物だと、彼女はメルエルのイメージにそっくりなのだけど……。
(その、実はわたしもほとんど覚えていないのです……)
ヘルプもそこで一旦区切り、視線を落とした。
彼女の場合は記憶がないというより、『不確かな情報を口に出したくない』という迷いがあるようにも見えた。
「はっきりと覚えてなくても良いよ」
(……はい。わたしが唯一覚えているのは――『自分たちのような破滅の道を歩まないよう、持ち主を導いてあげて』というものです)
「だからヘルプは色々教えてくれるんだね」
(いいえ、そういう義務的なものではありませんですよ。わたし、マスターのお手伝いするのがとても楽しいんですから!)
正面からそんな眩しい笑顔と信頼を向けられるのは……なんというか、少し照れくさい。
でも、アイディもヘルプも日々進化して、僕のために色々教えてくれるのは本当にありがたいことだ。
――って、いや、待てよ?
僕は、そこで一つの矛盾に気づいた。
「アイディさ、さっき、タブレットの容量が一杯だって言ってなかった?」
もしそうなら、どうして今は『記憶』が消えずに残せているのだろうか。
(ああ、移住した当初は確かにカツカツだったぜ)
「今は違うってこと?」
(おうよ。神具として人間に呼ばれてないときに、時間かけて少しずつデータを整理してたからな)
(マスター、実はアイディが色々なアプリやライブラリを勝手に圧縮して使えなくしていた犯人なのですよ)
「は、犯人……?」
思わぬ事実に目が点になる。
最初、機能がほとんど使えなかったのは不具合じゃなくて、アイディの仕業だったのか。
(まあそう言うなって。こないだのデータセンターみたいのはあちこちにあるはずだからよ。外部ストレージデバイスあたりを見つけだしゃあ一気に本来の力が取り戻せるはずだぜ?)
「それ、ウェイザントにあるかな?」
(まあ……研究施設だってんなら可能性は低そうだが……ゼロでは無いと思うぜ)
「そっか。それならますます行かないとね!」
(はい、マスター! 私たちはどこまでもお供いたしますですよ!)
と、ヘルプが元気よく宣言した、その時だった。
「――そこで終わりなのか!?」
談話室内に、アズライトの悲鳴のような大声が響き渡った。
どうやら、向こうで行われていた長い昔語りが終わったようだ。
僕はタブレットから顔を上げ、そちらに注目する。
「うん。だってあーしにはその後の記憶がないしー」
ベルがそっけなく答える。
期待していた答えが得られなかったのか、アズライトは悔しげに拳を握りしめ、沈痛な面持ちで俯いた。
「くっ……しかし、今のこの世界を鑑みれば……彼らがどうなったかは自明、か」
「あ、終わったみたいだね」
僕が近づいていくと、ベルが大きく伸びをした。
「うん。すごーく一生懸命聞いてくれてたよー」
これで誤解も解けただろうか。
そう思って僕が席に着こうとした時、アズライトが鋭い声を出した。
「いや、話が終わったというのは少々早計だな」
彼女は懐から『虚言の縄』を取り出し、テーブルに置いた。
銀色の縄が、鈍い光を放つ。
「え、ちょっとー? なにする気ー?」
「アズライトさん! 彼女は1000年前の全部を見たわけじゃないから!」
不穏な空気に僕が割って入ろうとするが、アズライトは手で制した。
「分かっている、ロイド殿。だが、一つだけはっきりさせておきたいことがあるのだ」
彼女は眼鏡の奥の瞳で、真っ直ぐにベルを見据える。
「な、なによー。あーし、あんまり深いことは知らないってー」
「いいや、貴公にしか知り得ないことだ。さあ、答えてもらおう」
そのまま続けて、アズライトは不意打ち気味に問いかける。
「……人間だった頃の貴公。つまりベリアは――ジンという人間を一人の男性として愛していた。YESか、NOか」
「はあ!?」
予想外な角度からの質問に、ベルの目が点になる。
「な、なな、何いってんの! あーしはただの後輩で、先輩をそんな目で見たことなんてな――あがっ!」
ギリギリッ!
顔を赤くしたベルが否定の言葉を発した瞬間、彼女の体を不可視の縄が強烈に締め上げた。
「なるほど、どうやら『虚言の縄』は神の僕のプログラマブルマターとやらにも有効なようだな」
「ちょちょちょ、何よこれー!」
「本当のことを話せば解除されるぞ」
ニヤリ、と笑ってベルを見据えるアズライト。
普段の堅物な彼女からは想像もつかないが、意外とお茶目なところもあるのかもしれない。
まあ、できれば仲間同士でのこれは勘弁してほしいけど。
「あーもーわかったわよ! そーよ、あーしはずーっと先輩のことが好きでしたー!」
諦めたベルがそう叫ぶと、拘束していた縄の痕は消え失せて、次の瞬間には彼女は自由になっていた。
「……うう。ずっと内緒で誰にもバレずに隠しきれてたのにー」
顔を真っ赤にしてうずくまるベル。
いや、話を聞いてた僕たちからすれば、どうみてもバレバレだったと思うけど……。
だって、ジンのパートだけはやたら熱が入ってたし。
たぶん1000年前も分かってなかったのは、ジン本人くらいだったんじゃないだろうか。
――と、まあ、僕らがそんなやり取りをしていると、ガチャリとドアが開いた。
「おっ、ずいぶんと賑やかじゃねえか!」
入室してきたのは、外出していたメンバーたちだった。
モーレッドを先頭に、アーチェとミア、パウロが戻ってきたのだ。
「だいぶ打ち解けたようですね、シェリー。……おや? 随分と顔が赤いようですが」
パウロが不思議そうに首を傾げる。
「き、気のせいだってーの!」
「そ、それなら良いのですが」
そっぽを向くベルを横目に、僕は外出組に成果を尋ねる。
「それで、みんなの方はどうだった?」
「はい。今日から数日、廃坑も含む鉱山全域には立ち入らないようお伝えして参りました」
住人を危険にさらさないように各所で通達してきたパウロ。どうやら、問題なく完遂したようだ。
それに続き、仲間たちとの話し合いを経て、自分の立ち位置を決めたらしいアズライトが口を開く。
「私の方もこのあと役場へ出向き、廃鉱山に危険なテロリストが潜伏した可能性があると住民に伝えるよう取り計らおう」
よし、これで一般人を巻き込む心配は減った。
あとは、僕たち『災禍を断つもの』の作戦だけだ。
「にゃひひ。こっちも色々と耳寄りな話を仕入れてきたにゃよ~?」
「パウロさんがいるとみんなガンガン情報出してくれてさ。昨日の聞き込みは何だったんだ、って感じだよ」
得意げに胸を張るアーチェと興奮気味のミア。
情報を得るのに本当に必要なのは、運でもお金でも無く人徳と信頼なのだと改めて思わされる。
「実はこっちも面白いネタがあってさ。きっと、最後の切り札になると思うんだ」
「切り札……カッコいい響きだな! さすがは隊長だぜ!」
こっちもただのんびり座っていたわけじゃない。
僕の『切り札』にみんなの情報を合わせれば、きっと敵に一泡吹かせられるはずだ。
「よし、じゃあみんな席について。作戦会議を始めよう」
そう言って僕は、机の上に鉱山の地図を広げた。
読者の皆さんも説明パートはもう飽きてきましたよね?
なので、次回はいきなり鉱山パートに移行することにしました。お楽しみに!




