第86話 現代へと続く現実
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「――てわけでー。神具システムを消すための存在であるS.E.R.V.A.N.T、つまりあーしら『神の僕』は生まれたわけー」
「……」
「……」
「……え? それで?」
もう話し終えたとばかりに姿勢を崩して背もたれに寄りかかったベルに僕は突っ込んでしまった。
あまりにも唐突な幕切れ。
まだまだ続きがありそうな話だったのに。
「えー? 聞きたいことって『神の僕』が何なのか、ってことじゃないのー?」
確かに、元々の質問の意図はその通りだった。
ベルが話してくれた答えの内容はよく分からない単語だらけだったけど、僕なりにまとめてみた感じ、要はこういうことだったんだろう。
――『神の僕』とは、今からはるか昔に作られた対神具用の擬似的な生命のようなもの――、だったんだと。
でも、その推測が当たっていたとすると、新たに何個もの疑問が湧いてきてしまう。
何故あんなやり方を? どのくらいいるのか? どこを拠点にしているのか? ……などなど。
一体、何から聞きべきか――
「――んなことはどうだっていいんだよ! それより、皆はどうなったんだ!」
僕が次の質問をしようか迷った一瞬の間に、モーレッドの不満げな声が割り込んできた。
「みんなー?」
「ああ、ジンやベリア、デビーとか色々いただろ! あ、あいつらは――」
モーレッドはあぐらを崩し、身を乗り出してベルに言葉を投げつける。
彼は小難しい仕組みの話より、ベルの話に登場した人物たちの方に感情移入してしまったのだろう。
もはや神の僕の云々は二の次になるくらいに。
いや、モーレッドだけじゃない。
本当のことを言えば僕だって彼らの結末がどうなったのか気になっている。
天才ジンに優秀なベリア、優しいサラに可愛いメルエル、個性豊かな研究所のメンバーたち。
あと、デビーなんて聞いた限りじゃ完全にアイディそっくりじゃないか。
「えー。知らなーい」
しかし、僕達の期待はあっさりと透かされてしまった。
モーレッドは顔を赤くして抗議の声を上げる。
「し、知らないって……! そんなのってありかよ!」
「だってあーしは人格コピーのすぐ後にスリープに入っちゃったしー」
……ああ、そうか。
さっきの話はあくまでも人間の『ベリア』の記憶だ。
おそらく、『人格』を『コピー』した後はそれぞれの記憶に分岐してしまうのだろう。
なので、『べリアム』はその後の記憶を持っていない、という話なのか。
「こぴー……? すりーぷ……? さっきから何を言っているんだ」
僕が一人納得していた裏で、モーレッドは顔中に疑問符を貼り付けていた。
どうやら彼は話の最初からついていけてなかったらしい。
「モーレッド。ベルはあそこで長い眠りについたから分からないんだって」
「そんな……ここで終わりじゃ気になって俺のほうが眠れなくなっちまうぜ……」
頭を抱えるモーレッド。
そこで、ずっと壁に寄りかかったまま沈黙を守っていたアーチェが口を開いた。
「……正直、にゃあはこの話を鵜呑みにする気はないにゃ」
確かに、タブレットでの経験がある僕と違い、普通の人からしたら作り話にしても『やり過ぎ』と感じる話だと思う。
アーチェはそういった一線を引いたうえで、持論を展開していく。
「けど、仮に本当だとするなら結果はなんとなく予想はつくにゃ」
「な、何だって! 教えてくれ、アーチェ! 一体どうなったんだ!」
「まあ……身も蓋もにゃい言い方をすれば……『全滅』にゃ」
アーチェはそこで小さく区切り、少しだけトーンを下げて更に続ける。
「しかも、戦いにすらならないほどの惨敗だと思うにゃ」
「……今も生き続ける神具の仕組み。そして、1000年後の自動起動……。」
アーチェに続き、僕も自分の根拠を並べていく。
もし、ジンたちが勝ったのならこの世界から神具は消え失せているはずだ。
もし、クーデターが本格的に始まっていたのなら手動でS.E.R.V.A.N.Tたちは起動していたはずだ。
そのいずれもFALSEで、今でも神具は健在、そして1000年後にS.E.R.V.A.N.Tたちが自動起動したということは――
彼らの末路がどういったものだったのか、自ずと分かってしまう。
「まー、そう考えるのが妥当ねー。あーしらも目覚めてから割とすぐにその結論に達したしー」
ここまでの話で、神具を無効化するための仕組みが今頃になって動き始めた理由は分かった。
でも、そうなるとエディミルのような存在がどうして生まれてしまったのかが気になってくる。
目的のためには手段を選ばない、武器のような使い方を否定していたのではなかったのか。
「なら、エディミルって一体何者なんだ。どう見てもやり過ぎじゃないか」
「あいつはねー、特別なのー」
「特別?」
「そ。さっきの話にリムダ、ってのが出てきてたでしょー」
確か……最後の方にレジスタンスに加わった――SSランク神具を持つ男、だったっけ。
「そいつがエディミルの元の人格ってことか」
「そー。空っぽの男」
「空っぽ?」
「人間の皮を被ってるけど、中身はなにもない。埋めたがってるけど何をどうやっても埋まらない。そんなやつ」
ベルは嫌なことを思い出してしまったかのように首を捻り、頭をガリガリとかいた。
「アイツがあんな風なのは人格に問題があったってこと?」
「まー、それも一因ではあるんだろーけど。プラスで『使命』と『残り時間』の影響も大きいかなー」
「使命……? あんな、人殺しをしたりするのが?」
僕が会ったときのエディミルの様子を見る限り、そんな大義があったようには見えなかったけど。
「んー。あーしたちはそもそも、『神具システムを終わらせる』って目的が最上位命令なのねー」
「にゃるほど、つまり手段はある程度それぞれに任される、ってわけかにゃ」
「せいかーい。みんながみんな同じアプローチじゃ1か所対策されたら終わりだしねー」
考えてみると確かに、その通りな気もする。
僕のプログラムだって条件分岐でより幅広い状況に対応できるように組むようにしている。
わざわざ人間のコピーを使うなんて効率が悪いように見えるけど、最小の力で最大の結果を得るには最良の方法と言えるのかもしれない。
つまり、アイディ風に表現すれば『思考ルーチンの多様性』といった感じだろうか。
「でもよ、さっきの気持ち悪い連中はそんな難しいこと考えてるようには見えなかったぜ?」
「あー。あいつらは余ったスマートフォンにダミーAIを入れただけの兵隊だからねー」
「すま……だみー……。よく分かんねえけど敵ってことだな!」
「それでおーけー。オリジナルがあるのは第4位階以上ねー」
S.E.R.V.A.N.Tはそれぞれがそれぞれの考え方で神具システムの終焉を目指す。
今の僕らの技術からするととても想像もできないような話だけど、とりあえずは分かった。
ならば彼らが暴走を始めたもう一つの条件、『時間』とは一体何なのか。
「それで、時間っていうのは――」
「――シッ!」
僕の次の質問を遮り、アーチェが唇に指を当てた。
彼女の耳は後ろに倒れ、尻尾も3倍ほどに膨らんでいる。
「上で何か物音がしたにゃ」
「……シェリー。何か異常がありますか?」
神父に促され、スマートフォンを覗き込むベル。
「いーや。特にセキュリティには……」
そこまで言ったところで、ベルは何かに気付いたかのように顔を上げる。
「――しまった! ディグニクスか!」
言い終わらないうちに、彼女は出口へ向かって走り出していた。
「シェリー! どうしたのですか!」
明らかに様子のおかしいベルを、パウロも慌てて追いかけていく。
「奴らだ! くそっ、甘く見ていた!」
吐き捨てるようなベルの声。
先程までの気だるいような雰囲気は欠片も感じられない。
よほどの緊急事態なのか――。
突如として緊迫した空気に、僕達もあとに続く。
「ベル! 待ってくれ!」
僕の呼びかけも耳に入らないようで、階段を上がり、礼拝堂を出てもベルの足は止まらない。
彼女はどうやら、敷地内の別の建物を目指しているようだった。
「パウロさん! あそこは!?」
僕は息を切らしかけていたパウロの背中を支え、ベルの走っていく建物を指差す。
「え、ええ。この教会で管理している孤児院でして……」
孤児院の入口らしきドアに到着したベルが取っ手に手をかけた。
「いけません、シェリー! その姿では!」
「ちっ!」
その言葉がようやく届いたか、ベルは舌打ちをしながらスマートフォンを取り出し、タップする。
「みんなッ!」
黒髪のシスターに姿を変えたベルが叫びながら建物に入っていった。
僕達も間を開けずに後に続く。
「アレックス! ポーラ!」
ベルが孤児たちと思われる名前を呼びながら部屋のドアを一つ一つ開けていく。
「ノックス! リリア!」
その反対側ではパウロが同じように部屋のドアを開け、中を確認していた。
しかし、その呼びかけに返事はない。
「ベル、これは一体――」
ピロン。
僕が声を掛けたのと同じタイミングで無機質な音が鳴った。
シスター姿のベルが食いつくようにしてスマートフォンの画面を確認する。
「くそ、やられた。あの第5位階は威力偵察だったか……」
ベルの悔しげな声。
「ベル、僕にも見せて」
僕のリクエストに応え、彼女はスマートフォンをこちらへ向けてくれた。
その画面に表示されていたのは、僕がアイディとこっそりやり取りするときに使っていたメッセージアプリ。
そしてそこには1件だけ、新規メッセージが記述されていた。
――子供たちは預かった。返してほしくば、廃鉱山の第4坑道にべリアム、そしてタブレット持ちの2名だけで来い。 ディグニクス――
と。
いやー、長かった説明パートも今回でようやく終わりました……!(たぶん)
次回からは廃鉱山でのバトル編となります。お楽しみに!




