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第85話 ベリア・マスグレイブの記憶・5


 ジェーンの決断により、S.E.R.V.A.N.T計画は『理論』から『実装』のフェーズへと移行した。

 だが、地下のラボに流れていたのは、希望に満ちた熱気などではなかった。


 あるのは行き詰まりによる閉塞感と、焦燥だけ。

 救世主となるはずのシステムは、未だ産声すら上げられていない。


 そんな重苦しい開発現場とは対照的に、外の世界では派手な戦果だけが積み上げられていた。


 連戦連勝。

 リムダが加入してからというもの、レジスタンスは破竹の勢いで戦果を挙げている。

 だが、ベリアにはそれが希望の光には見えなかった。

 リムダの瞳には理想も信念もない。

 あるのは、ただ目の前の事象を楽しんでいるような、底知れない空虚さだけ。


 今日もまた、エントランス方面が騒がしい。

 いつものように、きっとどこかの『敵施設』を派手に蹴散らしてきたのだろう。

 たまたまエントランスの近くにいたベルは、一刻も早くそのエリアから立ち去ろうとしていたのだが――


「おや。ベルじゃないか。たまには君からもぜひ労いの言葉を聞きたいものだね」


 任務帰りのはずなのに汚れ一つ無い格好のリムダから声が掛かる。


「あー。……っす」


「おいお前! なんだその態度は!」


「まあまあ、良いじゃないか。きっと彼女は疲れているんだよ」


「はっ! 一日中椅子の上で座っているだけのくせにか!」


「はは、じゃ、あーしは仕事あるんでー」


「リムダ君!」


 愛想笑いをしたベリアがその場を離れようとするのと入れ替わるように、興奮気味に駆け寄ってきたのはシュタイン教授だった。


「見たまえ、これを!」


 教授は端末の画面を突きつけるようにして叫んだ。


「はあ。なに?」


 全く興味のなさそうな声で端末を払うリムダ。


「おお、これは失礼。実は、先日の適性テストの結果が出たんだがね」


「ああ、そういえばそんなのやってたっけ」


「他の者には『B』がやっとだった適合率において、なんと君は『A』を叩き出したのだよ!」


「へえー。それは光栄だね」


「精神の波長、思考パターン、どれをとってもS.E.R.V.A.N.Tシステムとの親和性が極めて高く、演算処理におけるノイズが全くない」


「それってそんなに凄いのかい?」


「凄いなんてものではない。例えるなら――そう、『王』だ。S.E.R.V.A.N.Tシステムの頂点に立つものとして『王』の称号こそが相応しいだろう」


 シュタインの手放しの称賛に、リムダは「王、か。悪くない響きだね」と、口の端を歪めて笑う。


 ベリアはその様子を横目で見つつ、背筋が寒くなっていくのを感じた。

 ノイズがない。それはつまり、『迷い』や『躊躇』といった人間らしい感情のブレーキが存在しないということだ。

 機械と融合するには、機械のように空虚な心を持つ者が最も適している。

 つまり、リムダは……


 ベリアは心の中で出した結論を追い出すようにかぶりを振り、足早にその場を後にした。


 *


 その日の深夜。

 ベリアはヴェルトの作業デスクの横で、コーヒーを啜っていた。


「……で。デザインの方は決まったの?」


 ベリアの問いに、ヴェルトはキーボードを叩く手を止めずに答える。


「うん。S.E.R.V.A.N.Tの外殻設定、フィックスしたよ」


 ヴェルトは画面上のモデルデータを回転させる。

 そこに映っていたのは、造形こそ人間と同じだが、その色彩が異様なモデルだった。


『【外殻設定】肌:灰褐色、髪色:白色、眼球:黒色、瞳:赤色』


「……なによこれ。あーしたち、こんな色になんの?」


「識別のためだよ。こいつらは僕達オリジナルのコピーなんだし」


 ヴェルトは淡々と言った。


「もし何らかのエラーが発生して暴走したときに見分けがつかないと困るでしょ?」


「あー……。それは確かに。『自分こそが本物だ!』とか、できの悪いSFよねー」


「そういうこと」


 ベリアは苦笑した。

 外見もコピー元のものを使うという話であったが、まさか色をこんなに大胆に変えられるとは。

 これではまるで子供向けのコミック本に出てくる魔物モンスターのようではないか。


「……ところでさー。あっちの倉庫にある大量の『空っぽ』はどーすんの?」


 ベリアは顎で、ラボの奥にある資材置き場を指した。

 そこには、調達部隊が勢い余って持ってきたスマートフォンのうち、人格データのインストール予定がない予備の端末が、数千台規模で積み上げられている。


「ああ、あれかあ。……現状だと使い道ないんだよね」


 ヴェルトは肩をすくめた。


「やっぱりダミー人格じゃダメそー?」


「うん。あれじゃ単純な命令に従わせるのでやっとだね」


 そう言うとヴェルトは再びコンソールへと向き直る。


 今の彼らに、どのみち、数千もの器を満たすことなど不可能だったのだ。

 人格データの複製は極めて不安定で、エラーと再試行を繰り返す泥沼の作業となっていた。

 一日に3体を仕上げるのが限界の現状では、大部隊の結成など夢のまた夢でしかない。


「そういや、例のオートブートはどうするのー?」


 キッティング後、各地の隠し倉庫へ配備されるスマートフォンをタイムカウントで起動させるバックアッププランの一つ、オートブート。

 もし、レジスタンスが全滅して、S.E.R.V.A.N.Tシステムを手動で起動できなかったとしても、一矢報いたい――。

 そんな思いで実装された、いわば死人ゾンビの足掻きのような機能だった。


「正直、僕は自分が死んだ後のことなんてどうでも良いんだよね」


 ヴェルトはそう言うとプロジェクトファイルを開き、定数定義のセクションを呼び出した。


「まーそれにはあーしも同意だけど。で、いつにすんの?」


「そうだなあ」


 彼はニヤリと悪戯っぽく笑い、数字を入力した。


 『365,000』


「……は? 1000年?」


「うん。1000年後」


 ヴェルトは満足げに椅子を回した。


「1000年も経てば、さすがに神具あんなシステムも廃れてるか、人間が滅びてる頃だろ? そんな時代にS.E.R.V.A.N.Tが復活して、何していいかわかんなくてウロウロするんだ」


「ふふ、そんなことして何がしたいのよー」


「別に。どうせ僕らが負けたら拠点も一つ残らず潰されるだろうし。意味のない仕掛けだよ」


「たしかにねー。でも、本当に1000年後にあーしらのコピーが動き出したらどんな感じになるのかなー」


「まあ、そのときは文明ももっと発達してるだろうしね。古代の骨董品だ、って保護されるんじゃないの?」


 そう言って笑うヴェルト。

 ベリアもつられて苦笑する。

 1000年。そんな気の長い話、実現するはずがない。

 この時の二人は、そう信じて疑わなかった。


 *


「ベル。準備できたぞ」


 ランディの声が響く。

 いよいよ、次はベリアの番だ。

 ついに自身のデータを『S.E.R.V.A.N.T・ベリアム』として提供することになる。


「……さて。行きますか」


 ベリアは精神安定剤が入っていた紙コップを投げ捨て、白衣の裾を直した。


 コンソールから離れたヴェルトが、軽く手を振る。


「行ってらっしゃい。あとは僕が完璧にやっておくからベル先輩はゆっくり寝てて」


「はいよー。劣化コピーなんかしたら承知しないわよー」


 軽口を叩き合いながら施術スペースへ歩く途中、ジンとすれ違った。


「……ベル。行くのか」


「はい、ジン先輩。ちゃちゃっと終わらせてきまーす」


「……すまないな」


 ジンの顔には疲労の色が濃い。

 ベリアは努めて明るく笑ってみせる。


「何言ってんすか。言い出しっぺはあーしらなんすから。謝るのはナシですよ」


「そうだな。ありがとう」


「いえいえー」


 短いやり取りを交わし、ベリアはシートへと向かう。

 これが今生の別れというわけではない。

 ただのデータ抽出作業。数時間後にはまた、ここで顔を合わせて仕事に戻るのだ。


 促されるままシートに座ると、ゴツゴツとした樹脂の感触が背中に伝わった。

 少なくとも快適ではない。が、我慢できないほどでもない。

 ランディが手際よくセンサーを取り付け、視界を覆うようなヘッドギアを装着させてくる。


「じゃあ、始めるぞ。力を抜いて、楽にしてくれ」


 視界が暗闇に閉ざされる。

 耳元で、電子音とファンの回転音が聞こえる。


 ――これで、もう一人の『あーし』が生まれる。

 灰色の肌をした、システムを正す者。

 その役割を担う自分が、どんな思考を持ち、どんな未来を見るのか。

 それは、オリジナルのベリアには知る由もないことだ。


『リンク確立。脳波パターン、正常』

『メモリスキャン、開始します』


 無機質なアナウンスが遠くで聞こえる。

 意識が、ふわりと浮遊するような感覚。


 ああ、そういえば。

 デビーのやつ、またメルエルに変な言葉教えてないといいけど。

 終わったら確認しておかないと――。


 そんなとりとめもない思考を最後に。

 ベリアの意識は、白い光の中へと溶けていく。


 ――プツン。


 そして、ベリア・マスグレイブとしての記憶はそこで途切れた。

次回もお楽しみに……。

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