第81話 ベリア・マスグレイブの記憶・1
「……そもそも、ベル。君は何者なんだ?」
僕は改めて問いかけた。
「そーねー。管理者さんたちに分かりやすく言えば『元・神の僕の第2位階、べリアム』ってことになるんだろうけど」
「元……ってことは組織を抜けたってこと?」
「そーよ。さっきの第5位階が言ってたでしょー。裏切り者、って」
裏切り者……。
そう聞くと次は『裏切った理由』を聞きたくなってしまう。
でも、そうじゃない。今はその前にもっと重要な、前提となる情報を聞く必要がある。
「ベル。そもそも神の僕って何なんだ」
そう、僕達は奴らについて何も知らなさすぎるんだ。
目的は? どういった組織なのか? 人間なのか? あのスマートフォンは何なんだ? どうして神具を奪う?
「一言で言えばー、この世界の『歪み』を直すために作られた存在、ってー感じかなー」
「歪みを直す……プログラム、だって?」
それじゃまるで、奴らは『あるべき姿に戻す』ための存在みたいじゃないか。
あれだけ人を殺したりしていたのに。
「まー、正確には『そう思うよう作られた』ってだけなんだけどねー」
「ベル。僕には君たちの言葉がよくわからないんだ。できれば、わかるように説明してほしい」
僕の問いに、ベルはゆったりしたデザインの椅子の上で足を組み替え、天井を仰いだ。
「うーん……。そこだけ話しても、今の人間たちには通じないのよねー」
彼女はチラリと僕の腰のケース――タブレットの方を見て、自嘲気味に笑う。
「ねえ、管理者さん。あーたは『神具』についてどう思うー?」
「え? 神具って……」
唐突な質問に、僕は戸惑う。
「15歳になると神様からもらえる、その人だけの特別な道具……って感じかな」
「でもさー、だったらいちいち『ランク』なんて付ける必要ないとおもわない?」
「……え?」
「神様の贈り物なんでしょー? だったら、みんな平等に幸せになれるものを配ればいいじゃない。どうしてSだのFだのって優劣をつけて、人間を差別するようなシステムになってるのかしらねー?」
「まあ、それは……」
言葉に詰まる。
ついさっき、宿屋で似たような話をしたばかりだけど、結論なんて出せそうにない。
神具のランクは、人生の大部分を決定づける。それは事実だろう。
でも、あくまでも『大部分』であって『全部』じゃない。
ランクは高くないけどカーラやドミニムやオーギルの冒険者たちのように毎日を精一杯に生きている人達だっていっぱいいる。
「にゃあはSとか付けられて迷惑してるにゃ」
アーチェが腕を組んで口を挟んだ。
「商売するにもにゃあのことを知ってるやつがいれば『Sランク様がこんなところで』って変な目で見られるにゃ」
「俺はそんな事言われたことがないぞ!?」
まあ、モーレッドは神具以前の問題のほうが大きいというか……。
「一番腹が立つのはどこに行っても『監視』がついて回ることにゃ。隠れるのに毎回苦労してるにゃ」
「監視? なんのことだ? なあ、筋肉で例えてくれないか?」
モーレッドが首をかしげる。
「うん、モーレッドには後で説明するから」
何一つ分かってなさそうなモーレッドを置いてきぼりにして、話は核心へと向かってどんどん加速していく。
「もし、そんな神具が『神の恩寵』なんかじゃなくて……」
ベルはそこで言葉を区切り、冷ややかな瞳で僕たちを見回した。
「元々は人々を効率よく選別し、支配するためのシステムだったとしたら」
彼女の声が一段低く、鋭くなる。
「……あーたらはどう思うー?」
「……どういうことだ」
ベルが目を閉じる。
大きなため息。
「昔話をしてあげるわ。……ずーっと、ずーっと遠い昔。この世界が、一つにまとまっていた頃の、ね」
その表情は、どこか遠い、懐かしい場所を夢見ているようだった。
「私であってあーしじゃない、そんな一人の女の思い出話」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――約1000年前。
世界には国家という概念がなく、統一された一つの巨大な組織によって管理されていた。
空には浮遊する魔導列車が行き交い、地上には特殊なガラスと合金で組み上げられた高層ビルが雲を突き抜けるように林立している。
夜になれば、都市全体が魔力の光で溢れ、人々は何不自由ない生活を享受していた。
……15歳になると個人情報に刻印される、『ランク』という枷に縛られていることを除けば。
神都第4区画。高層マンションの35階。
電子アラームの柔らかな音色と共に、女性が重たい瞼を持ち上げた。
「……んあー。朝か」
彼女の名前は、ベリア・マスグレイブ。
くすんだ金髪のウェーブヘアを掻きむしりながら、ベッドから這い出る。
彼女の唇が「ライト、オン」と短く呟けば、部屋の照明が自動で点灯し、遮光カーテンが自動で開いた。
窓の外には、見渡す限りのビルやマンションが広がっている。
彼女が立ち上がると同時に、キッチンからコーヒーの抽出完了を告げる、自動調理機の電子音が鳴り始めた。
「……はあ」
ベリアは熱いコーヒーを啜りながら、壁のスクリーンに映し出されたニュースをぼんやりと眺める。
今日は年に一度の『選定の日』。
国民の遺伝子と魂の波長が再スキャンされ、最適な職業と、生殖パートナー(結婚相手)がシステムによって通達される日だ。
画面の中では、美しいキャスターが「システムによる最適解こそが、人類の幸福です」と微笑んでいる。
彼女は自分の手首を見る。そこには目に見えない『IDタグ』が埋め込まれている。
記録されているランクは、【B】。世間一般でみれば、十分に優秀な研究者である。
でも彼女がほしかったものには全然足りない。それだけの話。
「……行こ」
今年も端末に届いた『パートナー選出』の通知を無視するように独り言を呟き、白衣を羽織る。
そのままベリアは鞄を引っ掴むと、振り返ること無く無機質な部屋を後にした。
*
彼女の職場は、表向きは国立大学の先端魔導科学研究室。
だがその裏側は、管理社会からの解放を目指すレジスタンス『自由の翼』の技術開発局でもあった。
虹彩認証と生体スキャンをパスしてラボに入る。
空中に浮かぶ複数のホログラム・ディスプレイ。高速で流れるコードの滝。
教育プログラム完了後、約5年間、通っている場所。
「遅いぞ、ベリア君! 君の担当箇所のデバッグが終わっていないじゃないか!」
入るなり怒鳴ってきたのは、白髪の初老の男だった。
彼はシュタイン教授。理論構築の権威だ。
神経質で小言が多いが、その腕は確かで、システムの根幹設計を担っている。
「あー、はい。できるだけ。急ぎます」
「おはよう、ベル。今日も起きられて何よりだ」
「ベルちゃん、ほら、襟が曲がってるわよ?」
声をかけてきたのは、一組の男女だった。
女性の方は挨拶ついでにベリアの襟元を手早く直す。
「で、来てそうそう悪いんだが、後でこっちのライブラリも見てくれないか? どうにも出力が安定しなくてね」
そう言った青い長髪の男性はランディ。
白衣よりも軍隊の制服のほうが似合いそうな体つきをしている。
「あなた、ダメよ。ベルちゃんも忙しいんだから」
その隣で穏やかな笑顔を浮かべる女性はジェーン。
二人は夫婦でレジスタンスに参加している中核メンバーだ。
「あーす。……じゃ、後で見ときます」
「悪いな。ジンのやつがあんなんだからさ」
ランディは部屋の奥にあるリーダーの個室を指差す。
「まさか先輩、いるんすか」
ベリアは自分の席に鞄を置くのも後回しに、リーダー室へと向かう。
そこに見えたのは、ガラス越しの部屋で一人の男性がデスクに突っ伏している姿だった。
黒髪に黒目。数百年前まで存在したという、『東洋』の血を引く、穏やかな顔立ちの青年。
彼こそが、このチームのリーダーであり、レジスタンスの希望の星。
その名を、『ジン』といった。
「……せんぱーい。また徹夜ー?」
ベリアがガラスを軽く叩くと、ジンがビクリとして顔を上げた。
寝ぼけ眼で眼鏡を探し、掛け直す。
「……ん。……ああ、ベルか。おはよう」
「おはよー、ジン先輩。……今日は、おチビちゃんの誕生日でしょー?」
「ああ。……あの子が起きる前には帰りたかったんだが、『表』の仕事も溜まってたからな」
ジンは腕時計を見て、申し訳無さそうに苦笑した。
ジンのランクは、計測上の上限である【SS】。
国家は、その希少な遺伝子を保護・管理するため、当時18歳だった彼にSランクの女性との結婚を義務付けた。
それでもジンは、あてがわれた家庭を大切にし、妻と10歳になる娘を心から愛している。
「ほーら、今日はもう帰ってくださーい。残りはあーしがやっておくんでー」
「いや、しかし……」
「おチビちゃん、待ってますよー? プレゼント、渡してあげなきゃー」
ベリアは強引にジンの背中を押した。
ジンは少し迷った後、「……すまない。恩に着るよ」と言って、急いで上着を掴んでラボを出て行った。
パタン、とドアが閉まる。
ベリアは小さく息を吐いた。胸の奥にあるチクリとした痛みには、気づかないふりをした。
*
深夜。
日付が変わる頃、ラボに残っているのはベリア一人だけになっていた。
同僚……いや同胞たちも既に帰宅して、広大な研究室にはエアコンの音だけが響いている。
「……ふぅ。こんなもんか」
ベリアは伸びをして、冷めきったコーヒーを一口飲む。
『選定の日』は数少ない国民行事の一つで、この日ばかりはある程度は羽目を外しても許される、貴重な日。
そんな日に深夜まで仕事をしている人間――それも25歳になったばかりの女性などはそうそう見かけるものではない。
「仕事中毒で何が悪い、ってーのさ」
そう呟きながら、彼女は開発中のサブ・ウィンドウを開いた。
画面の隅で、黒い小悪魔のアイコンがポップアップする。
ジンが基礎理論を設計し、彼女が個人的に弄っている――自律型統合開発環境AIだ。
『ケケッ。今日はニンゲンにとっておめでてー日なんだろー? おめー、こんな日まで一人なのかよー』
スピーカーから、憎たらしい合成音声が響く。
学習機能が偏ったのか、最近はベリアに対して妙に口が悪い。
「うるさいわね。デビーこそ、少しはバグ取り手伝いなさいよ」
『ああん? 俺様はな、開発環境用のAIだぜ? なーんでバグ取りなんざ雑用しなきゃなんねーんだ』
「デビーさあ。その発言はどーかと思うけどー」
『ケッ。……つーか、またそのコードいじってんのか。よく飽きねえな』
「大事なところなのよ。『S.E.R.V.A.N.T』の思考ルーチン。ここが狂ったら、ワクチンじゃなくてただのウイルスになっちゃう」
ベリアは画面に流れる文字列を見つめた。
正式名称、『System Exception Resolution Vaccine : Autonomous Neural Terminal』。
システム例外解決ワクチン:自律神経端末。
開発コード、『S.E.R.V.A.N.T』。通称、『神の僕』。
これは、世界を管理するホストコンピュータに侵入し、神具によるランク付けシステムのみを標的にして無力化する、史上最強のワクチン・プログラムだ。
人間には過ぎた奇跡を、神の元へ帰す。
そういった願いが籠められた名前だった。
『へえへえ。立派なこって』
デビーは興味なさそうに返すが、画面上では高速でリソースが最適化されていく様子が流れていた。
口は悪いが、仕事はできる相棒なのである。
「……ねえ。アンタは、どう思う?」
『あ?』
「世界、変わるかな」
ベリアは窓の外を見た。
室内の光を反射する先の風景には、人工的な光に彩られた無機質な物体たちが並んでいる。
見かけだけの繁栄。その足元で、自由を奪われた人々が、システムの一部として生きている。
『ケッ。俺様はプログラムだぜ? 決められた条件を元に、結果を出す以外のことに興味なんてないね』
「……そっかー。そうよねー。良かったー、自分がプログラムだって自覚はあったんだー」
『ああん? まあ俺様はプログラムつっても、そんじょそこらのザコプログラムとはレベルが違うんだがな。オメーらのやり方に習うなら、俺様はSSSSSSSSSSランク、ってとこだな!』
デビーの斜め上な発想に思わず吹き出しつつ、ベリアは再びキーボードに向かう。
静かな、嵐の前の夜。
……この頃までは、まだ『日常』が続いていた。
今回から設定の根幹部分にえぐりこんでいく、過去編が始まります。
といってもそんなに長く続けるわけではなく、現時点では4話程度で終わる予定です。
どうか少しの間、お付き合いくださいませ……。




