第80話 『毒』の治療法
ベルが研究所と表現した『遺跡』は予想よりもずっと小規模のものだった。
王都の地下にあったような、長く入り組んだ迷路みたいな通路や数え切れないほどの小部屋、巨大なホールや侵入者を撃退する鉄人形もなく、短い通路とその突き当りに部屋が一つあるだけ。
「入ってー、散らかってるけどー」
その部屋に先に入室したベルから促され、僕達もあとに続く。
「うわ、本当に汚い部屋にゃ」
アーチェの言った通り、『散らかっている』は謙遜などではなかった。
部屋中に散らばる紙束。雑然と積まれ、今にも崩れそうな本の山。
丸まってくしゃくしゃになった衣類らしきもの。
床はまさに『足の踏み場もない』有り様だった。
ベルはその中でも比較的片付いている『コンソール』のようなものの前にあった椅子に腰掛け、こちらを向いた。
「てきとーにその辺に座ってー」
僕らはよく分からない文字がびっしり書き込まれた紙束を脇に避け、地面に腰を下ろす。
「さて、そんじゃーどこから話そっか」
「ミナ姉を治す方法が知りたい!」
僕が口を開く前にミアが口火を切った。
そう、わざわざここまでやってきたのはミネルバの昏睡状態を治療するため。
エディミルが口走った『ガランドのベル』。一体どんな情報を持っているというのか。
色々聞きたいことは山ほどあるが、まずはここからだ。
「ミナ姉? ごめーん。順を追って説明してもらえるー?」
「せ、説明か。えー。えーと、まずヘクターってやつがロイを逆恨みして……それをミナ姉が庇って……」
感情が先走りすぎているのか、ミアの説明はイマイチ要領を得ない。
次第に、ベルの顔に「?」マークが張り付き始める。
「えーと、だからその、ずっと目が覚めなくて、でも今にも起きてきそうな感じで……」
「……ミア、ありがとう。そこからは僕が話すよ」
「うう……ロイ、お願い……」
しどろもどろになりつつあったミアから引き継ぎ、僕が続けて話していく。
できるだけ客観的に、事実ベースで。
*
「――というわけなんだ」
「……………………」
二人分の魂を使った想具と剣を交えたミネルバが、戦いが終わり、傷が癒えても一向に目を覚まさないこと。
僕の『漆黒の板』の見立てでは想具の毒のようなものから精神を守るために強制的に眠って防御している可能性が高いこと。
八方塞がりになりかけていたところでとある人物から『ガランドのベル』という言葉を聞いたこと。
手がかりになりそうなヘクターの想具は何者かに持ち去られた可能性が高いこと。
それらについて僕が話し終わった後も、ベルはしばらく眉間に皺を寄せ、白衣に手を突っ込み、足を組んだ姿勢のまま押し黙っていた。
「なあ、黙ってないで教えてくれよ。どうしたらミナ姉は治るんだよ」
「……ねー、管理者さん」
「あど……僕のこと?」
「そー。あなた。この件、エディミルの小僧が関わってるよねー?」
「……うん。ヘクターの想具を作ったのも持ち去ったのも、『ガランドのベル』の言葉を残したのもエディミルだ」
エディミルを『小僧』呼ばわりした女性は、姿勢を崩して「はあ~っ」と大きなため息をつく。
そして、何やらブツブツと言い始めた。
「まさかウェイザントが生きてるとはねー。それにしてもあの小僧、一体何考えてんのよー。いや、何も考えてないのかー。だからあんな危険物を……」
「ベル?」
「あ、あー。ごめーん。うん、事情はわかったー」
「ミナ姉は治んのか!」
ミアが前のめりで食いついた。
だが、ベルは首を横に振る。
「んーん。ここじゃ無理ねー」
「何だと!? 話が違うじゃねーか! ロイ! アタシら、こいつらに騙されてたんだ!」
「落ち着いて、ミア。……ベル、まだ続きがあるんだろ?」
「はは。管理者さん、なーんかすごい落ち着いてるねー。年いくつー?」
「僕のことなんてどうでもいい。早く話せ」
「はいはーい。えーとね。まず、おチビちゃんたちの見解はー、大体合ってるー」
おチビちゃん……ヘルプたちの事か。
「ただ、想具の設計思想までは詰めきれてないのよねー」
「設計思想?」
「そー。あれは例えるなら一個一個別の効果を持った『毒』って感じー」
「それはヘルプたちも似たようなことを言ってたと思うけど」
「んーん。ぜーんぜん違う。想具は解毒剤も一個一個別々に用意しなきゃーなんないの」
「方法は、あるのか」
「あるよー。確実とはいえないけどー」
「ど、どうすりゃ良いんだ! 頼む! 教えてくれ! アタシにできることなら何だってするよ!」
「うん、できることはできるんだけどー、ここじゃー無理ってことー」
「……他の場所、ってことか」
「うん、ウェイザント」
「ウェイザント?」
聞いたことのない名前だ。
「ここから西にずーっと行った……まー、研究施設みたいな場所ねー。大昔、そこで『想具』の基礎理論が研究されてたんだー」
「西の……最果て……」
ガランドよりもさらに遠い場所。
確か、この先の山脈を越えると砂漠があるってことまでは知ってるけど……。
それ以上先となると、どんな場所なのか想像もできない。
「たぶんだけど、想具を作った時にそこのメインサーバーにアクセスしてるはずなんだよねー。あそこから構造データを持ち帰れればなんとかなるかもー」
僕にはベルが何を言っているのかはよく分からない。
でも、ようやく希望の光が見えた気がした。
「ヘルプ、今の話どう思う?」
(……その、私は……信用せざるを、得ない。そう思うです)
(俺様も同じだな。どっちみち、あの薄気味悪い想具を何とかしねえと勝てねえだろ?)
確かに、あの厄介な攻撃に対抗する手段が手に入る可能性があるなら、行ってみる価値はあるかもしれない。
そう考えた僕はみんなの方に向き直り、口を開く。
「みんな。よく分からない話だったと思うけど。僕はウェイザントに行こうと思う。みんなはどうする?」
「……マジかよ」
モーレッドが唸る。
「噂で聞いたことあるぜ。なんかすっげー遠くにある幻の地だってな。生きて帰った奴はいねえとか」
「にゃあの聞いた話じゃ、砂漠を越え、危険な魔物がウヨウヨしてる魔境を越えた更にその先にあるとか……そんな話だったにゃ」
アーチェが尻尾を丸める。
「――アタシは行く!」
そんな、後ろ向きな空気を吹き飛ばすように叫んだのはミアだった。
「そこに行けば、治る可能性があるんだな? ミナ姉が助かるんだな?」
「……保証はできないけどねー。ここよりはマシよ」
「なら、行く! 絶対に行く! 地の果てだろうが地獄だろうが、行ってやるよ!」
その言葉に、一切の迷いは感じられない。
一際小さな少女の強く大きい想い。それが、僕たちの背中を押していく。
ミアが言い終わると同時に、モーレッドが「へっ」と鼻を鳴らした。
「幻の地か、燃えるじゃねえか! 俺の筋肉が冒険を求めて疼いてらぁ!」
シャキーン! といつもの妙なポーズを決めるモーレッド。
「はぁ……。乗り掛かった船だにゃ。でも、これでまた儲けが減るにゃあ……」
『いやいや姐はん、古代の遺跡やで? そんなんどう考えてもお宝ザックザクやないか!』
「む……。もしかして、あの輝石もあるかにゃあ?」
『そらもう! そのへん掘れば出てくるんちゃいますの!? ぐへ、ぐへへへっ」
「にゃひ、にゃひひひっ」
どうやら、アーチェと金食い虫の巣も問題ないようだ。(動機はさておき)
「……あーあ。どんだけ大変かわかんないのに、簡単に言うわねー」
ベルは呆れたように肩をすくめたが、その口元は少しだけ緩んでいた。
「ベル。君も来てくれ。君なら『サーバー』を扱えるんだろう?」
僕がそう言うと、ベルは立ち上がってこちらに背を向けた。
「ねー、パウロ」
「はい、シェリー」
「あーし、やっぱここを出るわー」
「はい」
神父は柔和な笑みを浮かべ、短く賛同した。
まるで、彼女がそう言うのを分かっていたかのように。
「全部終わったら、戻って来るからー」
「ええ、待ってますよ。あなたの好きなカフィーを淹れてね」
「ほーんと、変わりもんだよねー」
「家族ですから、当然です」
ベルはそこで「ふふ」と楽しそうに笑って、こちらを振り向いた。
「ま、しゃーないわね。あーしも付き合ってあげるわ。管理者さんとおチビさんたちのことも気になるしー」
「……ああ、よろしく、ベル!」
こうして、僕たちの次の目的地が決まった。
西の最果て、ウェイザント。
当初の作戦から勝手に目的地を追加し、しかも『敵』のはずの『神の僕』の一人と同行という暴挙。
この話をアズライトにどう説明したものか……今から頭が痛いところだ。
それでも彼女には嘘が通じない以上、何とかして『丸め込む』しか無いだろう。
それより、今は結果がどうなるか分からない不確定要素に気を取られている時間はない。
目的に向け、必要な要素をひたすら積み上げていくべきだ。
『走りながら考える』。
これもプログラムに触れたことで僕が身につけた思考法。
大丈夫、きっとアズライトも分かってくれるさ――
そう考え、僕は再び口を開く。
「ベル。他にも教えてほしいことがいっぱいあるんだ」
神の僕やエディミルに対抗するにも現状は分かっていないことが多すぎる。
だから、彼女からできるだけ多くの情報を引き出さないと。
ここまで友好的な神の僕はきっと他にはいないだろうから。
次回は神具システムと神の僕についての秘密が明かされる回となる予定です!お楽しみに!




