第79話 ガランドの地下遺跡
「シェリー! しっかりなさい!」
崩れ落ちたベルの体をパウロ神父が慌てて支える。
彼女の体は、陽炎のように揺らぎ、明滅していた。
輪郭がぼやけ、足先が透けて床が見えている。
――消える。
直感的にそう理解した。彼女の存在を維持するための力が、枯渇しようとしているんだ。
このままでは、彼女は死ぬ。いや、『消失』してしまう。
助けないと。でも、本当に良いのか。これが罠だって可能性は無いのか。
今の僕はみんなの命を――
(――おい、何迷ってやがるよ、相棒!)
「アイディ?」
(マスターがここへ着た目的、それを考えるなら『動く』べきです)
「ヘルプ……」
(たとえそれが『敵』の見た目でもな!)
そうだ、僕は何を迷っているんだ。
『ガランドのベル』が今にも消えようとしているんだぞ。
たとえ罠でも、笑いながら踏み抜くくらいできなくてどうする!
「……うん、二人の言うとおりだ! どうすれば良い、ヘルプ!?」
(はいっ、マスター! 『大容量外部バッテリー』を準備するです!)
僕は湧き上がり続ける疑問も躊躇もねじ伏せ、リュックから黒い箱を取り出す。
(非接触充電では間に合いません! 直接ケーブルを繋いでくださいです!)
「分かった!」
黒い箱に収納された『ケーブル』という名称の紐を引っ張り出し、パウロ神父へと手渡す。
「神父様! その黒い板にこれを!」
神父は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに意図を察してくれたようだ。
震える手で、ベルが握りしめていた板の側面にある小さな穴に、ケーブルの先端を差し込んだ。
ブゥン……。
低い駆動音が響き、黒い箱についた小さな光が激しく点滅を始めた。
膨大なエネルギーが、ケーブルを伝って彼女の板へと流れ込んでいく。
「……あ、あー……。キタキタ……」
ベルの口から、安堵の吐息が漏れた。
体の揺らぎが収まり、透けていた手足に実体が戻っていく。
顔色は……ちょっとよくわからないけど、少なくとも表情には余裕ができたような気がする。
彼女は薄く目を開け、僕……いや、タブレットへと視線を向けた。
「……ちゃおー……」
ふにゃりと力なく笑って、弱々しく手のひらをグーパーさせる。
僕の決断を後押ししてくれたことへのお礼のつもりなのだろうか。
いや……あれはそういうのではなくて――
そう、久しぶりに再会した友人への挨拶、のように見えた気がした。
*
数分が経ち、ベルは危険域からは完全に脱したようだった。
だが、ここからどうするかは……正直何も決めてない。
まあでも、とりあえずは一息つけた――
などと思っていたのは、どうやら僕だけだったようで……。
「な、なあ隊長。一体こりゃあどういうことなんだ?」
「あのおにゃあさんは神の僕にゃ? 敵じゃにゃいのかにゃ?」
「ロイ、一人で納得してないでアタシたちにも説明しろよ!」
仲間たちの疑問が一気に突き刺さる。
まあ、そりゃそうだよね。
なし崩し的に戦闘に突入して、それが終わったら今度はどう見ても神の僕な女性を全力で助けてるんだから。
どう見ても『奴らの拠点を壊滅せよ』という司令の真逆ではないか、僕のやっていることは。
「うーん……話すと非常に長くなるんだけど……」
うまい言い訳が思い浮かばず、時間稼ぎ半分でそんな言葉を口にしてみる。
「いや、手短に頼むぜ。長い話は頭に入らねーからな!」
「ぐっ……」
さすがはモーレッド。彼はいつだってバ……いや、深く考えることが苦手なのだ。
返答に詰まる僕。
そこに助け舟を出したのは――意外な人物であった。
「はは。それはあーしが『ガランドのベル』で、あんたらの探し物ってことだよー。消えちゃ困るでしょー?」
「アンタが? シェリー、って呼ばれてたじゃねーか」
「それはシスターやってるときの名前。あーしの本名はべリアムってーの。……ベルってゆーのは大昔のアダ名ってゆーか。ま、そんな感じー」
「お、おう……?」
これ以上無いくらいシンプルな説明だったはずだけど、モーレッドはよく分かっていないようだった。
「で、『ベル』を知ってるってことは……んー、エディミルの小僧かねー、出処は」
顎に人差し指を当て、心当たりを口に出すベル。
あのエディミルを小僧扱いとは。一体彼女は神の僕の何なのだろう。
「ああ。僕達はエディミルに言われて『ベル』を探しにこの街に来た」
「ありゃ、ほんとーに? やっぱここのサーバー使ったからバレたのかなー」
「僕はどうしてもお前に話を聞かないといけない」
「ふーん。別にいーけどー。でもさ、場所変えなーい? また変なのが来てもアレだしさー」
「分かった」
「ん。じゃ、着いてきて……って、その前にその子をどーにかしなきゃねー」
ベルが長椅子に寝かされたアズライトを指差す。
「それなら、客間のベッドを使ってください」
僕達はパウロ神父の申し出を受け入れ、モーレッドに運んでもらうことにした。
アズライトを抱きかかえるモーレッドに続き、教会の中を歩いていく。
「助けていただき、感謝いたします。ぜひ、皆様のお名前を伺いたいのですが」
「はい、僕はロイドといいます」
その後、僕に続いてメンバーが簡単に名乗っていく。
一通り終わると次は神父が自己紹介を始めた。
「私はこの教会を管理しているパウロ、と申します」
「その……神父様は……」
「はは。パウロで構いませんよ。彼女を匿った時点で私に神の名を語る資格はありません」
「じゃあ、彼女が『神の僕』ってこと、分かってたんですね」
「その名前を知ったのはつい最近でしたが。彼女が神具に仇なす存在ということは最初から知っていましたよ」
「神具に、仇なす……」
確かに、他人の神具を引っこ抜いて勝手に使ったり、同意のもととはいえ神具を奪ったりすることは神具に対する冒涜と言えるだろう。
彼女もまた、同じ穴のムジナ、ということなのだろうか。
「パウロ、いーよ。そのへんもまとめてあーしが話すから」
「しかし、私も共犯者には違いありません。きっと私は、告白する機会を待っていたのです」
「はあ。相変わらずまじめだねー。ま、それなら二人で一緒にやろっかー」
「ええ。ロイドさん、それで構いませんか?」
「もちろんです」
アズライトを客間に寝かせ、僕達はそのまま教会の奥の方へと進んでいく。
やがて、僕達の前に青銅色の巨大な扉が現れた。
「ここは……」
パウロが懐から鍵を取り出し、扉を開く。
その先には下に降りる階段があった。
「この地下道は教会が建てられたときから存在していたそうです」
ランタンを持ったパウロを先頭に、僕らは慎重に階段を降りていく。
「これは……」
階段を降りきった先にあったのは、あの地下下水道によく似た壁で作られた通路だった。
長さは数十メートルほどだろうか。
分かれ道や部屋のようなものもない。
「ここは長年、どこにも繋がっておらず、出口のようなものもない、謎の通路だと思われていました。しかし――」
そう言ったパウロが通路の途中で立ち止まる。
そして、無言で壁を手のひらで押し始めた。
右上のほう。左下。左上。そして、右上。
そうだ。これはあの、王都の地下遺跡と同じ仕組みだ――
そう直感すると同時に壁が下方向へスライドし、奥の『遺跡』が姿を現した。
ぼんやりと発光する壁と床、床に走る緑や青のライン。
古代から生き続ける、神の時代の遺産が眠る場所。
「よーこそ、管理者さん。ここがあーしの研究所だよー」
次回もお楽しみに!




