第76話 信念と信心
その日の夜。
「アズライト、遅いね」
「うーん。アズライトさん、ちょっと抜けてるところあるからなあ」
「まさか、監査官殿は悪の陰謀にっ!?」
すでに深夜。
アズライトは約束の時間を大幅に過ぎても戻ってきていない。
情報の有無よりも、彼女の身が心配になってくるような時刻に差し掛かっている。
「探しに行ったほうがいいかな」
僕はタブレットの『何でもナビ』を起動する。
それぞれプライベートもあるので、極力使いたくはなかったけど、仕方ない。
「まったく、世話の焼ける監査官様だにゃあ」
アーチェも腰を浮かせて外へ探しに出ようとした、そのとき。
「遅くなった」
部屋のドアが開き、アズライトがふらふらと入室してきたのだった。
「おっと」
足がもつれて転びそうになったアズライトを支え、椅子にまで誘導してやる。
「す、すまない」
「気にしないで。ミア、水持ってき……」
「あいよ」
僕が指示する前にミアはもうコップをアズライトに差し出していた。
「助かる。んっくっ」
一息で飲み干し、「ふうーっ」と大きなため息。
「で、どうだったにゃ?」
落ち着いたタイミングを見計らったかのように、アーチェが成果を聞く。
「手短に言おう」
アズライトは眼鏡の位置を直し、全員に向けて話し始めた。
「住民台帳から『ベル』の名を持つ人間を3名特定した」
僕らからおおっという声が上がる。
「……だが、全員シロだ」
僕らの肩ががくっと落ちた。
「急ぎ手配し面会したが、『神の僕』との関連はなかった」
こんなに遅くなった理由は、当日中に会いに行ってたからか。
「念のため『虚言の縄』も使用したが、反応はなし。ただの善良な市民だったよ」
アズライトが眉間の皺を揉みほぐしながら報告する。
「それで、君たちの方はどうだ」
「こっちも何もなしだ。酒場だの市場だの、人が集まるところはあらかた回ったんだがな」
モーレッドがジョッキを煽り、ドンとテーブルに置く。
「いくつかそれらしい情報はあったけど、全部ガセネタだったにゃ。無駄な情報料だけ取られたにゃ。……経費で落ちるよにゃ?」
アーチェがジト目でアズライトを見るが、監査官殿は「隊長に言え」と短く答えただけだった。
言うまでもなく、僕とミアの聞き込み部隊も成果はゼロ。
エディミルの残した『ガランドのベル』という言葉。
それは本当にヒントだったのか? 単なる時間稼ぎの出任せだったのではないか?
そんな疑念が、部屋の空気を重くしていく。
「あーあ。こういうのをスパッと解決してくれる神具は無ぇのかよ」
モーレッドが天井を仰いで愚痴をこぼした。
「……言葉を慎め、モーレッド」
アズライトが鋭い声でたしなめる。
「神具は神から与えられしもの。人間が楽をするための道具ではない」
「ふん。どこをどう見ても、便利で都合のいいオモチャにゃ。……にゃあのは違うけど」
アーチェが鼻を鳴らし、腰の後ろの『金食い虫の巣』をポンと叩く。
「聞き捨てならんな。神具こそ神に見守られている何よりの証拠ではないか。それをオモチャなどと」
「しっかりSランクを引いておいてよく言うにゃ。おにゃあさんはEやFでも同じセリフが吐けたのかにゃあ?」
アーチェの言葉に、アズライトが言葉を詰まらせる。
生きている限り、どこどこまでもついて回る『格差』。
それを平気な顔で飲み込める人間は極めて少ないだろう。僕だって例外じゃない。
「まあまあ、ふたりとも落ち着いて」
一気に険悪になった気配に耐えかね、僕は慌てて仲裁に入る。
こんなところで仲間割れをしている場合じゃない。
何か、話題を変えないと。
その時、ふと昼間の光景が脳裏をよぎった。
食堂で会った、あの神父だ。
「ああ、そういえば!」
重くなった空気を吹き飛ばすように、わざとらしく手を叩く。
「今日会った神父さんがさ」
そして、あの時聞いた神父の言葉を口にした。
「『神具は道を照らす明かりに過ぎない』って。『明かりがなくても、人間はずっと強い生き物だ』って」
「ほー……?」
アーチェが興味深そうに猫耳をピクリとさせる。
「なかなかいいこと言うにゃ、その神父にゃん。教会の人間にしては話が分かるにゃ」
「きっと、どんな神具でも自分次第、って言いたいんだろうね。だからほら、二人も仲良く――」
「――待て」
頑張って綺麗にまとめようとした僕の声は、アズライトによって遮られてしまう。
彼女は僕の方を向き、眼鏡の奥の瞳を鋭く細めていた。
「……それを、本当に聖堂教会の神父様が言ったというのか?」
「うん。Fランクを授かったのがショックで会場から逃げだした人にそう言って励ましてたよ」
「励ますだって? それは聖神教の教義を根底から否定する言葉に他ならない」
アズライトの声が低くなる。
「神具は絶対的な恩寵であり、人の運命そのもの。それが教会の公式見解だ。『明かりに過ぎない』などという解釈は、明確な異端だ」
「そ、そんなに?」
「それに、もう一つおかしな点がある」
話はまだ終わらないらしい。
アズライトは人差し指を立て、さらに続けた。
「今日は神授の儀式の当日だぞ? この街で一番重要な日に、教会の責任者である神父様が、食堂で油を売っている暇など無いはずだ」
「ああ、それは……」
僕は神父の言葉を思い出す。
「なんか、えーと、名前は忘れちゃったけど優秀なシスターさんがいて、その人が全部やってくれるって。そう言ってたよ」
「…………」
アズライトは数秒の沈黙の後、バッと立ち上がった。
白いマントが翻る。
「出かけてくる」
「え? どこに」
「決まっているだろう。聖堂教会だ」
「ええ!? 今から!? もう遅いし、やめておこうよ」
「――放っておいてもらおう。教会の神父が、神具こそが神の愛と説かなければならない立場の人間が、そんな事を言った上に職務放棄とは……この国の秩序のため、私はその真意を問いたださなければならない」
「はっ。ベル探しをほったらかして異端審問でも始める気かにゃ」
「何?」
「それに、アンタ一人でにゃにができるにゃ?」
――戦う力もないくせに。
アーチェのストレートな詰問に言葉に詰まらせるアズライトに、猫耳商人は更に畳み掛けていく。
「そもそもその神具、開き直られたらオシマイなんじゃないかにゃ」
相手が「ああ、嘘だとも!」と開き直れば『本当のことを言っている』と判定され、拘束は解除される……そういう理屈だろうか。
「このまま、おにゃあさんが行方不明になってもにゃあは探しに行かにゃいからにゃ?」
「それは……」
『姐はん、その辺にしといたらいかがです』
そのタイミングで、『金食い虫の巣』が熱くなっている主人をたしなめた。
アーチェは「ふん」と鼻を鳴らして頬杖をつき、そっぽを向いてしまう。
「あー……あのさ」
この最高に気まずくなったムードに一石を投じたのはミアだった。
「アタシも教会に行くのは賛成、かな」
ミアの意見に誰も口を挟まない。
「いや、神父さんを締め上げる、とかそういうんじゃなく、単純に話を聞いてみたくてさ」
「うん。話を聞くだけなら僕も賛成かな。優秀だっていうシスターさんも気になるし」
「うーむ。だが、俺の筋肉はもう寝る時間なんだが……」
「ミア。起こしてあげて」
「おう! 起きろ筋肉!」
僕の指示で、ミアがモーレッドの背中をバシンとひっぱたいた。
「ぐはっ!? ナイスアタックだ!」
『ほら、姐はん』
神具に促され、アーチェが口を開く。
「ま、ミアにゃんの言うことにも一理あるにゃ」
言い終わると同時に両腕を前に出し、うーっ、と伸びをする。
「これ以上、情報屋に金を毟り取られるのもごめんにゃし」
「……よし、決まりだね」
僕は立ち上がり、パンと手を叩いた。
なんとか話がまとまってくれて良かった、と心の中で安堵のため息をつく。
『隊長はん、あんまり気負うたらあきまへんで?』
その気配を察知されたか、『金食い虫の巣』が妙に優しい感じで声をかけてきた。
神具にまで心配をかけるとは……なんと情けない隊長だろう。
「じゃ、行こうか」
いずれにせよ、じっとしていても情報は向こうからは来ない。
動けば、何かの手がかりくらいは掴める可能性もゼロじゃないはず。
ネタがないなら、足で稼ぐ。
僕たちは、深夜の街へと繰り出すことになった。
みんな立場が違いすぎてなかなかまとまらんのです、このパーティーは……。
次回、教会潜入編!神父と『シェリー』は一体何者なのか!?お楽しみに!




